2015年7月16日木曜日

ヨッキ氏講演会

今日は、某有名サイト、山さ行がねがの管理人のヨッキれん氏が熊谷市の立正大学にて、講演を行うとの事であったので、行ってきた。
実はこの企画、最初企画そのものをヨッキ氏のTwitterで知って、大学にて専任講師をしている後輩に問い合わせた所、その後輩の企画であるとの事。
いやぁ、参ったなぁ、ホスト側が友人であるのだが、山いがの存在を知ったのも、その後輩がまだ大学院生だった頃、秋田時代の氏のWebを拝見し、細田氏との湯田ダムとか、尾去沢の探検あたりから読んでいたのであるが、、、さて、さて。深い話が聞けると思い行ってみた。


ヨッキれん氏はこういった、大学での講演は始めてだったという事で緊張されていたとの事であったが、スタートから廃道ナイトモードに突入。受講者のうち60人は大学生、残り100人が一般客のようで、どうもこの辺で、「噴いて」しまう、タイミングで、オブローダーとしての、素質が分かってしまうようで。

時間は90分。内容は、廃道ナイト的な要素もからめつつ、大学での講義という事もあり、地図の見方とりわけ、旧版地形図の見方。それから史誌の解説、等々。山いがを見ている人ならおなじみの、内容であるが、氏の調査方法の裏側などコアな話を聞くことが出来た。

所どころ、噴きながら。有意義な90分であった。


講演の後は後輩の研究室の視察。私達もOBながら図々しく同行させてもらった。しかし、G8氏。大学の専任講師とは随分偉くなったもんで。
それはさておき、ここは地形図や書物が所蔵されている場所であるが、史誌などを発掘して見入る、ヨッキれん氏とトリ氏。とりわけ、トリ氏のYLさんとは思えない爆弾発言には脱帽であった。


ここで重大な発見があったのであるが、国土地理院などでも閲覧できない、ここの所蔵物として、戦前の樺太の地図があった事。どうもヨッキ氏は海外であっても日本人が作った道には惹かれるらしく、ここに林鉄がありそうだとか、この道残ってそうだとか、興味深々の模様。

という訳で、今回は久々に大学時代のマニアックな仲間に会うことができ、廃道、新道、廃線、未成線、水路、発電所、送電線などなど、非常にコアでマニアックな話を真剣に討議できたのも収穫であった。

台風で足元の悪い中、ヨッキれんさん、遠路ありがとうございました。


台風11号 ほぼ改修が竣工した武蔵水路が活躍する

台風11号の影響で、埼玉県で大規模な大雨が降った。実は、しばらく、武蔵水路の改築事業については、工事の「たるみ」などが散見されたため、更新を見送っていたのであるが今回その威力をまざまざと見せ付けられたので。
今回の改修の目玉は、能力を従前の通常通水の毎秒、35トンから、毎秒50トンから55トンに拡大し、内水排除(つまり洪水の除去能力)の向上を図る事であった。
今回その本体部部についてはほぼ、竣工に近い状態となったようで、その様子を追ってみる。

2015年7月16日。この日は台風16号の影響で朝から激しい、雨が降っていた。しかしながら、通常目にする雨の範囲であったため、9時ごろまでは通常に営業を行うが、どうも様子のおかしい事に気付く。
まず、地域の内水排除がうまくいっていない。そして武蔵水路を見ると、どうも通常の放水量の35トン程度の水が流れているのである。嘘だろう。と思ったが。どうにも本当で、市域の水かさが増すばかり。
そしてとうとう事件が起きた


赤見台地区の調整池が限界に達し。もう淵まで水がある状況。警戒でやってきた消防隊員と話すと、どうにも、市内あちこちでこんな状況であるとの事。とりあえず、北部はもっと酷い状況だから、武蔵水路が通水しているようだから、早く停めて欲しいと要望を出しておいた。



不幸にも赤見台地区の内水を排除するはずの新水門はまだ稼動しておらず。どうにもしょうがないのであるが、もっと元荒川の水位を落としてもらわないとダメである。そこで、水資源機構に直接電話して聞いてみたところ「内水排除やってます、流れているのは全て洪水です」という、衝撃的な返答。イヤイヤ。まさか35トンも内水が流れているのか。今まで目にした、内水排除モードでは、せいぜい10トン強といった所であった。



さらに水路を見ると凄まじい事に。もう毎秒50トンはあるのではないのかというくらい、センターの隔壁ギリギリの流量である。まさかこれが、本当に内水なのかと思い、元荒川の新川面水門と、忍川の新佐間水門を見てみた。両方とも竣工したばかりのようであるが、(車が止まっていたので、おそらく手動であるが)稼動している模様。写真は佐間水門であるが、忍川から、凄まじい流量で水が武蔵水路に流入している。

しかし、新佐間水門で、口切溢れんばかりの、この水量であるから、更に下流の新川面水門での、元荒川から武蔵水路への水の流入は、限定的なものとなり、元荒川の水位の上昇が激しくなってきた。


この画像を流して、危険。氾濫の恐れありと、Twitterでつぶやいたら250RTをいただく程の関心であったが、川面水門でなかなか出て行かないため、どんどん上流部へ負荷がかかかり、水位が上昇する一方である。通常は川面水門が最終関門となって水を吸い込んでくれるのだが、今日はそれも間に合わない。完全に開ききっていないように見えたので、互いの水位を調整しつつ逆流しないようにしていたのかもしれない。


糠田排水機場付近。写真版が少ないが、荒川は上流部での降雨がさほどでないらしく、流れに余裕があったのが助かった。排水機を使う事なく、通常排水で間に合う量で、通常排水で目測で50トンほど流れていた。


しかし、氾濫せずとも、水の行き場を失った排水路の至るところから、水が噴出し。通行止めなどの箇所が増えていった。通行止めを行う市役所の道路部門も、看板やバリケードの数に制限がある中。設置に苦労していたようである。




これはうちのインチキな雨量計の値であるが、どうも早朝から、雨が降り出し、その後は力強いカーブで降り続きお昼までの10時間ほどの間に200mmを降らせたようである(あくまで、私のセンサーの計測値)

雨量はお昼の12時すぎに200mmを記録した後は、ほぼ小康状態となり、15時には水が引き出した。いやはや。これで水防警戒は大丈夫と思い、熊谷で予定している講演会に出る事ができたのであるが。
いやいや、まぁ、色々諸事情あって、更新していなかった武蔵水路事業であるが、今回50トンへの増強がされていなかったら元荒川の氾濫に至っていた可能性が高く。まだ初年度にして、威力を発揮した事になる。まだまだ、本来の運用では開くはずの川面と赤見台の内水の放水門が開かなかったなど、課題はあるが。今後の正規の運用開始が待たれる。




動画版もあります。

2015年7月12日日曜日

柳都Shu*Kuraの旅

さて、今回の写真ばかりで、長いスレッドの話題。学校の夏休みにはまだ早いのであるが、2ndを連れて、新潟へ、Shu*Kuraに乗りに行ってきた。


まず、これは、GWに夏男殿と信越本線の撮影行に行った時に、撮った写真なのであるが、海沿いを走るキハ40系Shu*Kura編成。原版を等倍に拡大して見ると、どうも車内の様子が楽しそうだったのである。後で調べたところ、1号車は「びゅう」商品として販売されており、イベントなどが行われているようである。

これは、いつか乗りに行きたいと思っていたのであるが、ちょうど、休みが取れそうだったので、ネット予約には間に合わなかったが、店頭では買えるようなので、日曜日の出発便の予約には、水曜日と直前であったが、熊谷駅の「びゅうプラザ」に行ってみた。

GWの撮影の項でも書いたが、十日町発の「越乃」、越後湯沢発の「ゆざわ」、新潟発の「柳都」、それぞれのShu*Kuraがあって、運転日によって違うのであるが、希望日の7月12日の日曜日は新潟発のようで「柳都」Shu*Kuraであるとこの事である。

そして、直前なので心配だった空席であるが、第一希望の北陸新幹線先回りコースは埋まっていたが、なんとか、上越新幹線先まわりの復路便に空席が見つかり予約ができた。(一般の指定席と違い、旅行商品なので、キャンセルなどに注意が必要)。GWに撮影した写真からも分かったのであるが、どうも人気のようで、直前になると結構埋まっているようである。ちなみにアテンダントによるサービスは付かないが、3号車は一般販売の、指定席となっている。

さてさて、どうなるか、出発の日曜日となった。


まずは、熊谷から出発。朝の通勤時間帯であるので、上り方向は、Maxの16両編成が行きかう。上越新幹線は、北陸新幹線開業によるダイヤ改定で、新潟方面への便が、かなりの減便となったが、北陸筋と上越筋が合流する、熊谷ベースでは逆に本数が増えており。下り方向への観光時間帯は上り方向は通勤時間帯のようで、日中は1時間に2本ほどしか停まらない、熊谷駅にも、上り列車は、頻繁に停車してくる。反面、下り列車は通過ばかりで、停車列車は少ない。
さて、新潟への足も16連のMaXときであったが、いつの間にか、新潟まで16両対応となったようで、切り離されるのかと思ったら、16両、全車両が終点の新潟までの運行であった。



新潟には10時半に到着。柳都Shu*Kuraの新潟出発は14時59分なので、水族館のマリンピア日本海へ行ってみる。バスで約20分ほど。万代橋周辺の信濃川河口流域と海を隔てる低い丘を越えて向こう側である。地図でみると何となく、不思議な街である。


さて、ひととおり、館内を回って、13時のイルカショーを見て、バスで新潟へ戻ると、柳都Shu*Kuraの発車時間にちょうど良い時間であった。


14時頃に新潟駅に戻る。新潟駅は高架化工事が進んでいる。まだまだ、新幹線脇に路盤が見えはじめたばかりであるが。新鋭のE129系の姿が多くなり、115系は見る限り、半分ほどになる等、どんどん時代は移ろっているようである。


ほどなくキハ40系Shu*Kura編成が入線してきた。顔つきこそ、キハ40系のままであるが、側面は大型窓になっており、車内は完全にリファインされている。ちなみに、ヘッドライト部が四角く見えるのは、LED式に交換されているようである。一瞬、白い板で塞がれているように見えた。



Shu*Kuraは十日町発の「越乃」と、越後湯沢発の「ゆざわ」があるが、新潟発の「柳都」Shu*Kuraとして運転される日は意外と少ない。横断幕が掲げられ、歓迎ムードである。



1号車は、びゅうパック旅行商品専用であり、アテンダントが出迎える。この座席はびゅうプラザで買えるほか、えきねっとによる、ネット予約でも購入できるようである。新潟県内発着、東京発着のほか、宿泊付きもあるが(2015年7月現在)、本日は新幹線往復による、熊谷発の日帰りコースで購入した。

キハ40がベースながら、車内は完全にリファインされている。1号車の車内は、展望ペアシート、くつろぎペアシート、ボックスシートの3種類。展望シートは海に向かって座るレイアウトとなる。2号車はイベント車輌、3号車は一般販売の指定席で一般的なリクライニングシートとなる。


発車後、まもなく、車内では食事と地酒が提供される。Shu*Kuraオリジナルと、酒蔵提供の地酒が180mL(1合づつ)ついてくる。2号車のイベントスペースには効き酒コーナーがあり、交代で蔵元によるイベントも行われるが、いやはや、2合飲んで、効き酒となると、調子こくと、旅の中盤ではかなり効いてしまう。結構楽しめる量の酒と、食事が出る。(こどもや、飲酒できない方向けには、ソフトドリンクの提供となる)


2号車のイベントスペースでは、ジャズの演奏、蔵元主催のイベントなどがおこなわれる。


蔵元主催の乾杯イベント。
「乾杯~~!!、、ガハハハハ、、、。」
もうこのころには皆さん、出来上がって、宴会ムードである。


蔵元イベントが終わるのは、長岡を過ぎた、あたりで、この頃になると、越乃、ゆざわ、柳都、それぞれのShu*Kuraの共通ルート、時刻となり、信越本線を直江津へ向かう。海沿いの景色の綺麗なルートとなり、一転、チビリ、チビリと酒を注ぎながら、景色に見入る。



上越妙高への復路便は青海川で19分の長時間停車を行う。列車から降り、アテンダントさんに写真を撮ってもらったり、海を見たりと、思い思いに過ごす。
赤い威容を見せる、背景の米山大橋は塗り替えのようで、コンパネで覆われていた。


復路便では青海川駅付近は、クライマックスのラストイベントといった雰囲気である。実は、この日の前はジメジメとした梅雨の天気であったのだが、一転、梅雨明けしたような天気となり、焼け付くような日差しの、海水浴日和の、晴天であった。


列車は直江津から、えちご、トキめき鉄道に入り、北陸新幹線と接する、上越妙高が終点。帰路は上越妙高から北陸新幹線「はくたか」で戻る。いやいや、子供連れでいくには酒イベント色が強く、失敗したかとも思ってヒヤヒヤしていたのであるが、独特の宴会ムードの中、酒が入って上機嫌の新潟の奥様達を相手に遊ぶ始末であり、2nd的にも、かなり楽しかったようである。

GWに目撃して楽しそうな列車であったのだが、予想以上な旅となった。



2015年7月10日金曜日

トラックの荷台の塗装


カラ梅雨と思ったら、5日ほどジトジトと雨降り続き、今日はやっと梅雨の合間となった。気温も高すぎずファインディ。やる事は色々あるのであるが、あまりにも無残で見るに耐えない状態だったので、コマーシャル用トラックの軽トラと、ゲート車の塗装を行った。

仕上がりが、こんなひでぇ塗装という感じだが、元は、錆びが浮いてしまいどうしようもない状況であった。ダンプは、堆肥を扱うのでどうしても錆が進行しやすい。ゲート車はゲート車で、やはり土の上で作業するのと、背高が高く、車庫無しである事もあって、同じく錆が進行する。パワーゲートは全面、錆びが浮いて、みっともない状態で、軽トラも、ダンプの荷台を中心にやはり塗装が剥げて錆びだした。塗装は、3年に1回ほど行っているのであるが、前回、手を抜いたので、今回は酷く錆びていた。

前回は横着して錆び取りを省いたので、今回は、ディスクグラインダーに錆び取りを装着して、錆びを落とす。それでも、イライラする細かい部分が落ちないが。もう、気が短いので、やめやめ。機能的に錆が進行しなければ良い。塗料は、門柱などに使う、金属用防錆ホワイト塗料である。ローラーで塗ってしまう。結構な量を使うので、車用なんて使えない。仕上がりは、漁港などのマリンシーンでよく見るホワイト塗装である。

・・・で。さてと。どうにかなったかな。これであと、3年は何とかなるが、車が早いもんで、もう10年超。ゲート車は増税になってしまった。



2015年7月5日日曜日

6m AND DOWN コンテスト 2015


6m&DOWNコンテスト(略して6D)コンテストであった。6m&「ダウン」というと6m(50MHz)より低い周波数つまりHFのように思えるが波長の事で。6mより波長が短いバンド限定のコンテスト。6m、2m、430MHzあたりの参加局が多く、1200MHzあたりまでが一般局で、活況。更にはマニアックな部分で、もっと波長の短いGHz帯での参加局も。

さて、今回は正直、あまり気力がなく、適当に呼んで、サマリーシートを出して、終わろうと思っていた。で、あるから、21時の開始からすぐには本気を出さず、所用があったため、22時半ごろからスタート。昨年は固定局ながら、アンテナで、強みのある、430MHzに力を入れて430MHzのモノバンドとしたが。今回は、どうせやる気がないなら、6mのEsに期待して、マルチバンドで楽しんでみようと思い、6mから、順番に呼んでいく。しかし、意外と局数が多く、一通り呼び終わる頃には、日が変わった、2時頃になってしまった。今年から、呼び出しなら何とかCWもできるようになったので、夜間の6mはCWモードの局が多かった。

ローカル局が0エリア、長野は小諸の高峰高原に移動していたのであるが、晩はすれ違いできず。LINEで成果を一通り聞いてみた。どうも色々あって、思いのほか飛ばない云々、、。

さて、2時からは寝てしまい。翌日、再スタート。早朝、昨晩入感していなかった局を一通りさらい。

一旦、仕事で抜けて9時ごろ。から開始し、ローカル局と相次いで会合する。ここで色々情報が入手。6mのEsが開きそうだという事や、高峰高原がグラウンドで15マルチ。6mグラウンドで大阪が取れた等など、そして8が聞こえ出した云々。17マルチは行っている。

ここでスイッチが入ってしまった。6mはのぞくもEsは出ていないようなので、とにかく、まずは局数かせぎで、430MHzで呼ばれなくなるまで、ひととおり、CQを出し、一旦50MHz、144MHz、そして430の未交信局をSSBやCWモードも含めてさらう。

そして、ここで午後になり、もう一度、6m。ここでマルチを拾う。ホームにはGPしか上がってないので、どんでん返しがあるとすれば、強力なEsが出るしかない。そして、なんと弱いながら、6エリアが開いた。「5941」というナンバーが聞こえるから、佐賀県のようである。ローカル局かと思うほど強い。6エリアローカル局とEsの、オーバーエリア局が呼びまくって、パイルアップになっているようなので、マズいなぁと思ったが、6mは100W免許で、GPとはいえ、パワーが出るので、Esには強い。Es局をさらおうと思ったが、どうにも浮きが短く、熊本が取れた他は4エリアが取れそうでとれず、、、。そうこうして、6mに関わっていたら13時半になってしまった。やっぱりEsが出っぱなしで大混信になるくらいでないと6mマルチは伸びないようだ。

もうレートが伸びない、6mのEsに関わっていられない。山岳局並の威力を持つ、430MHz、富士山ビームで、リニアを焚いて50Wで、ガンガンCQを出す。最後の1時半で90局。ブッ飛ばして、終了の15時となった。


・・・・と、全然やる気無しで始まった6Dコンテストであるが、終わってみると


50MHz: 38交信10マルチ
144MHz: 24交信6マルチ
430MHz: 165交信10マルチ

総得点: 5902点

と、僅かに6000点に届かない位置であった。

やはり、430MHzがズバ抜けて強い。6mはGPなので、垂直、水平の偏波ロスが大きい。2mはノイズフロアが高くCQを出せるレベルでないので、これまた痛い。あとはCWでCQが出せれば、全体でもう少し局数が足せただろう。まぁ、色々課題、有り。

そんな訳で、430MHzモノバンドでエントリーした昨年と比べて、どうかというと、、免許上の最大パワーが出せる、オールバンド、シングルXAという、一番競争率の高い部門でのエントリーとなってしまったので、昨年の結果ベースで、全体の上のほうの、3分の1あたりといった所か。6mで17マルチ取ったと聞いた段階で高峰に居るローカル局には負けたと思っていたが、どうも高峰からは430MHzが伸びなかったらしく、最後の1時間半で東京、神奈川向けにガンガン交信して局数を稼いだ私の得点の方が上になってしまった。これは意外であった。

まぁ、ローカル局とも話していたが、これは雰囲気を味わう、お祭りみたいなもんだから、、、やる気ない、気が向かない、、などといいつつ、いざ雰囲気に触れてしまったら、大人気なくヒートアップしてしまった、、、、今年の6Dコンテストの結果であった。いやぁ。でも楽しかった。


今回の暫定スコア。弱いバンドが如実に出ている。6mと2mの改善。それから1200MHzへの参加と課題があるが、移動も含めて考えた方が良いようだが。430MHzが固定で強いとなると、移動地を間違えると430が落ちるので、これまた難しい。


CtestWinが出した、「やる気」グラフ。出だしがナメているのが分かる。そして寝てしまい。早朝にやって、午前中はダラダラと。昼間はEsマルチを狙って逆にレートが落ち、13時半からスイッチ。最後の最後で430MHzのFMで、90局くらいやっている。強い。





2015年6月28日日曜日

5エリア6月の部

6月の27、28と四国遍路に行ってきた。前回、愛媛県、南宇和郡、愛南町、南レク御荘公園の前で区切っているので、前日松山に飛行機で飛んで宇和島に前乗りして朝一番のバスで愛南町に入った。色々調べたが、閑散期の飛行機、宿のパックが安いので、宇和島駅前の宿に連泊した。

LCCは遍路杖が室内に持ち込めないので、手荷物料金取られると割高。次回または次々回からは、また、夜行高速バスが使えるだろうから。ここは、四国の反対側。一番遠く、行くだけで大変である。

宇和島連泊を選んだのは、愛南町までの区間は、バス路線の幹線が走っていて、本数が、毎時1本はあるので、万一のギブアップ時は、バスでエスケープして、宇和島に戻ることにしていた。正直宇和島までの距離が45kmもあり、正直、無茶な距離。しかし、ここでこれを稼いでおかないと、41番にたどり着いた所で予土線の駅なので、色々不都合なので、予讃線沿線まで、足を進めたい関係で、全区間で無理がある場合、初日に無理をしておいた方が良い。

愛南町でJCG#38012/FでCQを出すも
壮絶空振り。そりゃないだろう。
ここんところ7MHzのコンディションが悪い。
ワッチしていても、1エリアの局がQSBをともなって入っているのと
HL(韓国)の局が入感するのみ。クラスター見てもいけてない。
QRPとはいえ。壮絶空振り伝説更新。
埼玉でこのセットの試験したときは、
地元でそこそこ呼ばれているのでシステムの問題ではない。


愛南町で空ぶった代償はでかい。
小雨もふりだし最悪。
山道はあきらめ、国道をゆくが、長いトンネルが心配だったが
松尾トンネル以外は人道トンネルが新たに掘られていて
感動する。お遍路さんのためかそれとも
チャリラーのためか。原付は通れない、これは感動

内部を見ると2000年代の開通らしく、車道より新しい。
人道トンネルって結構あるのだが、これは断面が大きい。

休みながら歩くが、天候が雨となり、厳しい状況となる。

それでも時々みせる、入り江、漁港がすばらしい。
真珠の養殖をしているようである。養殖の生け簀が沢山ある。


高知では宇和島まで100km台の表示が出ていたが
松山まで100km台の表示となった。
もうここまで30km近く歩いてるんだけど。
二段目表記が西予市になっているが宇和島市に入っている
明日はその34km先の西予市まで行く。
駅の横が市役所だから、ほぼ、明日の行程の距離に近い。
朝の愛南町の1時間が痛い。もう日が暮れ始めた。


結局20時半まで、無理して残業して歩いて、宇和島のホテルまで歩ききった。
昨日無理したおかげで今日の行程は20kmほどとカナリ短縮できた。
途中に峠があり、歩行速度が落ちるが、心配ないだろう。

素泊まりで、何時でもチェックイン/アウトできる
ビジネスホテルは区切り打ちには便利である。

2日目は一転、晴天。5エリアらしい田園をゆく。

今回は龍光寺と仏木寺を打つ。
西予市の中心部の卯之町まで行って明石寺も
打ちたかったのであるが、行程上、厳しそうなのと、
次回の打てず遍路を防ぐため、あえて残す事にした。
仏木寺の大師堂でこの旅のお別れの、挨拶の読経をしておく。

仏木寺からは、一転。山道を行く。石畳があったり。
比較的整備された感じの山道の遍路道である。

歯長ずい道。
マイナスイオンに包まれたクラシックなずい道。
ここの区間は、やはり足場が悪いので遍路道でなく。
クラシックなずい道を行く。

前述の理由でなんとか予讃線には辿りつきたかったので、
明石寺は残し、西予市の卯之町駅についた。

14時50分。飛行機は19時なので、
旧予讃線経由の普通列車で予讃灘線をゆく。
ロングシートのキハ54だが、皆さん知っているようで、
海が見える山側に座る人が多い。
晴れたのは久しぶりらしいが、窓に伊予灘が広がる。

初日の結果。46kmを歩いて6万歩であった。




夕闇の松山空港から飛び立つ
さようなら5エリア次回はいつか。
次は予讃線卯之町駅出発。
無理をしなければ大洲。無理して内子まで足は進めたいが。









2015年6月21日日曜日

東牟婁郡太地町

田植えがはじまり忙しかったのだが、やっと終了したと思ったら、今度は色々な役回りで多忙。
んな、訳であるが。

伝播実験でお世話になったJR2UBWさんから、連絡があった。なんでも、和歌山の漁港から430MHzFMモードで出るとの事で、6月21日の262スケジュールとの事。

夜の寝オチが早かったり、日曜はCWのロールコールがあったりなのだが、せっかくインフォメーションをいただいたので、ワッチしてみる事にした。

なんでも、アンテナは私が使っているのと、同じ、ダイヤモンド改の21エレでベアフット出力(おそらく35W)で出るとの事であった。


まずは20時からの7エリアのスケジュールに出てコンディションを把握してみる。7エリアは2局。石巻と、登米市。いつもはガツン59振って来るのであるが、どうもこちらの受けが悪い。59で帰ってくるのだが、55振れるのがせいいっぱい。どうもウチのアンテナは送りと受けが一致しない事が多い。今日は送りは良いが受けが悪い。もちろん先方のアンテナの方がFBなのであるが、それでも59振ってくる事はあるので。なんとなく幸先が悪い。

さて21時、西方面のスケジュールになった。この時点で東牟婁郡太地町に移動しているとの情報を入手。西方面の開局は太地町だけのようで、これはワンポイント狙いとなった。

まずは、センター局が呼ぶが、
アリャ?
とりあえず、足立区がガッツリのようで、常時入感しているようだが、ほか5局ほどの埼玉の参加局には、厳しい状態。
MC局の後に、一発目のデカい浮き、これは強い。応答するが、すぐに落ちてしまう。

2回目。小さい浮き。これは、小さいながら、持続性があり、コール交換まではいくものの、RS交換まで行くと落ちてしまう。交信ならず。

他局もコールは交換できるがRSが交換できないというイライラする状況が続く。

どうも、県南各局と、浮きの周期が違うらしく、また、ビームパターンも微妙に数度違うようである。

1時間が経過22時台。全く入感しない。

もうダメかと思った。もはやCQも出てないのかと思った15分すぎ、突如小さいながら長い浮き。なんとかネジこんで、RS交換が成立した。ここでコンディションが上がったらしく、立て続けに埼玉局の交信が成立する。

ちなみにこの後、SSBに移ったようだが、SSBで聞いてみると安定の59。こんなにも違うものかと思ったが。コンディションも上がっているし、やっぱりSが弱くなっても、蚊の鳴くような音で聞こえるのはSSBならではか、、。

いやはや、UBWさん、長時間におよび、CQを出していただきましてありがとうございました。


ちなみに事前にアンテナデータをいただいていたので(というか、当局の移動用アンテナとほぼ同じ)なので、詳細シミュレートができそうなので、Radiomobileで解析してみた。

結果。驚く事に本当の結果となった。MY53-HIS51での交信であったが、私の方は、ピーク値ではなくアベレージ値で、しかも言い換えると混乱するので、終始51を送った手前、ピーク値は55以上あったと思われる。

和歌山東牟婁郡からの信号分布。51ゾーンながら、20エレ級で、1エリア広範囲で受信できたようだ。

私からの送り波。たかが15Wされど15W。やっぱりこちらからの送りが強いレポで正しいようだ。




伝播経路。なんか地球が丸い(笑)
空に点線があるのは直線距離にない山で回折しているという事である。主成分の他にマルチパス合成成分があると、表示されるのだが、入感した電波はこの高山の回折波である事が分かる。この高さから。富士山であろう。高い独立峰はよく回折するというが、典型例であろう。