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2017年7月25日火曜日

LOVEギ洋風建築~中塩田駅~



上田電鉄 中塩田
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上田は養蚕と生糸の街である。だから、昭和一桁の頃の臭いのする擬洋風建築が多いのであるが、それらは今日でも、民家や公会堂、事務所などとして使われているものも多く、見る者を楽しませてくれる。

鉄道駅も上田電鉄の別所温泉駅が木造擬洋風建築で有名であるが、塩田平の中央、下之郷のひとつ別所温泉寄りにある中塩田駅もそんな駅のひとつである。

ところが、この駅、写真の対象として見ると実に惜しいのである。まずは、常に保線車両が止まっている事。そして、駅舎の出入口の配置、太い架線柱。そして列車の停車位置まで、実に惜しいのである。

色を塗り替えつつ綺麗に使うと、もはや死語であるがメルヘンチックで可愛いのが上田界隈の擬洋風建築なのであるが。駅舎の手入れが良いだけにこれまた「惜しい」。

しかし、日が傾いて宵闇に包まれる時刻になると、雰囲気が変わって来る。丁寧にスカイブルーに塗られた柱が街灯の明かりに照らし出されると、闇の中に駅舎がググッと浮かび上がって来る。

上田行きの列車がやってきた。一人、会社員風の男性が乗り込んだ。帰宅客や温泉客でそこそこ乗っている別所温泉行の下り列車に対して、上り列車は三々五々。それでも生活を乗せて、赤いテールライトを引いて短い電車は街へ向かっていった。


2013年4月13日土曜日

桜咲く安曇野へ

ここの所、お袋が安曇野の山並を見たいと言うので狙っていたのだが、休日にばかり雨が降ってNG。しかし、今日の天気予報では全国的に晴れ。来週からはいよいよコマーシャルが忙しくて休みが無くなりそうなので、このチャンスはないとばかりに出発した。しかも、松本周辺は関東から2週間程遅れて、ちょうど桜が見ごろであった。以下写真の列挙。


まずは安曇野から。松川村のちひろ美術館より。桜と、まだ雪をいただいた北アルプスが綺麗である。この写真にはないがNHK朝の連続ドラマ「おひさま」に出てきた常念岳も綺麗に見えていた。



安曇野スケッチライン。「イヤッホウ!!!」と思わず車を停めて撮りたくなる景色。小生が現役のトラックドライバーだった頃は毎週のように通っていた道であるが、長野というのは厳しい配車コースなのだが、もう疲れも吹き飛ぶ解放道路である。



国宝。松本城。安曇野から降りた松本市街は桜が満開である。天守閣は長蛇の列。30分待たされた挙句、天守内の上下も1時間かかった。



天守より北西側を望む。ちょっとガスっていたのと逆光で露出が難しく、街に露出を合わせると山並みが飛んでしまった。お堀の淵では満開の桜の中、花見を楽しむ人々が見える。



開智駐車場に止めたので旧開智学校まで徒歩で足を延ばして見た。擬洋風建築を語るにあたって代表的な建物。西洋の建物を日本の棟梁が見よう見真似で立てたもので、建て方が尺貫法によるものだったり、何故か龍とか漫画チックな天使とか、不思議なレリーフがあったりと洋風と言うには何ともいえないミスマッチ。徹底的な洋風建築としては東京駅とかを見るとこれが当時としてはパチ物の洋風建築であったが分かる。しかし、今となっては貴重な建物である。小生、そんな「擬」洋風建築が大好きである。


こちらは、松本カトリック教会の旧司祭館。開智学校ほど凝っていない造りが生活感が溢れていて良い。実際に現役だとなおさらシビれるのであるが、、現役の擬洋風建築は上田に多いんだよね。


開智学校へ行く途中。タバコ屋のしもた屋。小生。こういうのにも弱い。なんでポストが横を向いてるのと思ったら。



バックに旧開智学校が写るみたいである。ちなみに手前の校門は現在現役の開智小学校。現役の小学校を通して遠景で旧開智学校が写る。これは確信犯で横を向けたのかな。



2010年6月20日日曜日

LOVE擬洋風建築

この土日はムラのお役の旅行で東北へ行ってきた。この手の旅行だとあまり観光は期待していないのでカメラを持参せずに大いに失敗した。携帯カメラでもそれなりに雰囲気は伝えられるか。




これは登米市登米界隈の写真。


まずは有名な高等尋常小学校だった建物。今は教育資料館として使われており、当時の学校の雰囲気がよく伝わって来る。


建物は張り出した白いバルコニーが特徴の擬洋風建築に見えるが、塗装されていない建物本体部分はありがちな木造校舎で和洋折衷の趣。



建物内部には当時の教科書等が展示してある。





こちらは警察資料館。警察署だった建物であるが明治期の代表的な擬洋風建築として非常に形が良い。





街中で見かけた医院。医院の文字が旧字。




ジオコレのまんまプロトタイプになっていそうな商店街。

2009年8月19日水曜日

ギ洋風建築



15時19分。
篠ノ井でしなの鉄道に乗り換え上田へやってきた。ここで街を散策する事にした。

上田と聞くと何であろう。上田城跡、古い宿場町、別所温泉。いぇいぇ、今回はちょっと目的があって降りたのであるが、お目当ては擬洋風建築。

「擬」とつくのは「模擬」の「擬」という意味。一般的に言えば古い洋風の建物の事を指すのだが、いわゆる「洋館」とか「異人館」とはまた別のものとされる。ちょっと分かりにくかったが、現代風に言えば、輸入住宅と洋風住宅の違いだろうか。今、一般的に住宅街に建っている、洋風の佇まいの住宅は、洋風住宅であって外国の住宅をそのまま輸入した輸入住宅とは異なるものである。大きな相違は間取りではないだろうか、大抵の住宅は1間、(約1.8メートル)ピッチで間取りが計算され、柱が立っているはずである。それに対し、本物の輸入住宅は輸入先の規格によっているはずである。

 さて、擬洋風建築は東京などの都市部にある西洋の正規の建築を学んだ建築士が建てた建物を地方の棟梁が見よう見まねで模して建てた物であるとされている。有名なものに同じく長野県の開智学校などがある。洋風の外観に対して、龍が舞っている彫刻が施されていたりと、奇異なデザインが見られるようであるが、そもそもの違いは尺貫法の間取りで、和風建築の技術によって建てられているのである。今となっては少々では正規の洋館との見分けがつかなくなってしまっているが、当時は紛い物としての見方も多かったようである。しかし、時は経て戦後になり、今では文化財に指定されるなど、見直されているのである。

こういった建物は中央との結びつきが強かった地方都市に多いようである。地方に行くたびにこういった擬洋風建築に触れるのが小生の楽しみであるが、何といってもの醍醐味は擬洋風建築はその生い立ちから、民間人が建てた物が多く、代々受け継がれ、現在も現役な物も少なくないのである。



上田もそんな都市のひとつで、養蚕業を介して横浜などの中央との繋がりが強かったからか、このような建物が多いようである。そして、家人の手により大事にされている擬洋風建築が多い街である。写真は旧松高眼科医院。ここは実は小生の学生時代の後輩の実家なのであるが、上田の擬洋風建築の存在を知るきっかけとなった建物。玄関周りの木が邪魔して、また通りも狭いので、全貌を見渡すのが困難なのが残念だが、住んではいなさそうだが、何かしらに使われている雰囲気である。



余談だが、こちらはその一世代後の松高眼科医院。こちらもこちらで昭和レトロにジャンル分けされそうな建物で好きだ。新館開業により、ここも閉院されている。上の建物より芸術性が低いためか、正面の「移転しました」の看板が残念だ。でも、取り壊さない持ち主の心意気が嬉しい。



こちらは多分民家だと思うが、塗りなおされたライトグリーンが美しい。



家人の生活が感じられる玄関周り。



上田養種協業組合。この建物はひときわ大きい。そして驚く事に今も現役!窓をチラリと覗くとデスクに向かう事務員の姿が見える。



現役なので、受付で断ってから、恐る恐る入る。その受付があるエントランス周りが現役クラシックで実にイイ。鉢植えの観葉のシュロチクというチョイスが憎い。



艶やかな雰囲気の廊下。ドラマに出てきそうだ。この廊下、外観に対してどこか「和」っぽい感じがしないだろうか。これが擬洋風建築の良さ。だいいち、この磨かれた床は靴を脱いで上履きで歩くんじゃないだろうか?いかにもウソっぽい洋風建築そしてこの建物の「擬」を発見した瞬間。



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