アイツラ、スチルカメラの事だけやたら詳しくてアマチュア無線には全く興味はないのくだりを逆から掘り下げてみよう。
銀箱を引っさげ南弟子屈駅に降り立った若かりし頃の村長殿若干19歳。
山形は山寺、立石寺の有名な撮影ポジションでのショット。若かりし頃の小生、若干19歳。
よく言われる「乗りテツ」「撮り鉄」「模型テツ」何テツ?って言われるが「全て」というのが答えであろうか。まぁ、小生、撮り鉄でも当時は珍しいVTR派であったので(詳しくはYoutube)あの連中スチルカメラしかつかえねぇ、、、。ってなった訳であるが、逆に小生的にはスチルカメラが難しくてしょうがない。おまけに当時はフィルムカメラの最期期にあたり、カメラにはフィルムを入れなければならなかった。
動画の基本は高校時代に部活で学んだが、いわゆる基本的な「撮りテツ」は村長殿に教わった。時は1996年。廃止間際のヨコカル。ここには、よく通った。今思えば贅沢に見えるが、当時は何の変哲もない風景であった。授業をサボってはYLの姉ちゃん共を誘って(←ポイント)横川に通った。
まぁ何しろロクでもない大学時代であった。カメラ、AV(くどいがアダルトではない)、無線機、日本全国出歩き、YLと遊びまくり。ロクに単位が取れる訳もなく、何とか4年に収まったもののギリギリで卒業した。
小生のテツ人生を語るカメラ3台。
ミノルタα8700i。コニカミノルタα7デジタル。そして現用のソニーα77と「セブン」を称する歴代中堅のAマウントカメラ群。あいつらスチルカメラしか使えねぇ。と言いながら結構ラインナップしているというか、スチルからデジタル化も先陣を切って早かったのだと今思う。だいたい7年くらいでカメラボディは陳腐化してくるのでちゃんと更新していたのである。一転、良いレンズは長く使える。白いアポテレは中古で買ったからそれこそ20年選手だろうが、ちゃんとした描写をし続けてくれている。
うーーん。撮りテツとは言うが小生的にはこいつらは「基本は旅するカメラである」今は撮りテツの真似事でポイント張りもするので、すぐに出撃できるように80-200F2.8の白レンズが装着されているが、28-105レンズが常用であった。α7デジタルは今も現役で、広角側を装着してレンズを2本使いたい時は出動する。
大学時代、狙った訳ではないが同級生では3人が8700iを愛用していた。後はCanonが多かったか。日本製カメラの3極をなしていたハズのMINOLTAがトーンダウンする中、当時のテツ仲間がCanonやNikonに転向していった中、小生だけがAマウントレンズを今だもって使っている。AFアポテレという古いレンズであるが、白レンズを持っていたのが決定打だろうか。ソニー製αを使いながらMINOLTAの白レンズを装着し、ストラップを下げている所に「20年も昔からのAマウンターである」とマニア度を主張している。
しかし、テツとは何であろうか、あまりジャンル訳しない方がいいのではと思うのが小生流のテツ論である。「結構マニアック」な域に入っていながらも、コンデジを使いながらの旅もするし、機械式のカメラも使う。ポイント張りもする。やはり「旅」が我々に最高の舞台を与えてくれているのではないだろうか。
ヲイッ!
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