2022年7月8日金曜日

(2)琴電八栗駅〜85番八栗寺〜86番志度寺〜37番長尾寺〜琴電長尾駅

 2022年6月12日(金)(4日目)

区切 琴電八栗駅 6:15発

 琴電八栗駅には翌日6時15分に戻ってきた。これで当初の予定どうりとなる訳であるが、3日目と4日目の歩行距離が物足りなくなってしまう。しかし、これは野宿派でない限り、勇気ある撤退。


歴史を感じるボンネットスタイルの八栗ケーブル

 八栗のケーブルカーは歴史のあるケーブルカーで、懐かしいボンネット仕様。どうもかなり古い部類に分類されるようである。しかし、八十八箇所をめぐって、ロープウェイが有るお寺は多かったが、ここは、鉄道であるケーブルカーである。

 昨日のうちに、上まで登っておいて、ケーブルカーというのもオツだったかなとも思うし、初期の自分はそうしていただろうが、今回は鉄道車両への邪念を捨てて、ひたすら、参道を登る。3日も歩いて、だいぶ体調も良いのか、昨日の屋島寺より楽に、あっけなく、八栗寺に着いてしまった。もっとも昨日は12キロ下を歩いてからの登山であったが。


八栗寺で景色を撮っていたご夫婦がいたので、お手持ちのカメラで、お二人の写真を撮って差し上げたら、私のiPhoneでも撮っていただいた。昨日は雨模様だったが八栗から高松市街が見えて景色が良い。


85番八栗寺
8:00到着
8:30出発

どうも下山時に欲をかいてかえって長く険しいルートに道を間違う傾向にあるようだが。流石に八栗はストレートに下山。


下山する時にあった柵。
五色台もそうだったが、イノシシが出るので、遍路道経由で山から出る時はこの扉を開けて必ず戻す事。いちおうバネがついているが、ロックを忘れずに。

下山したところで、上から北海道氏が降りて来るではないか。今日は重装備。明日結願願するとの事で大窪寺から先はどこかで野宿するよう。いや、自分と同じように宿を拠点に鉄道を使える所は使って軽装なのかと思ったら、やはりそうだよね。昨今ご時世、野宿をしないと厳しいポイントも多々ある。で、自分も下調べしたのであるが、「お遍路サロン」の話が出た、ここで、休憩と遍路大使に任命してもらえるとの話をいただた。さて?でも何時から開いてるか。ここはお得意の電電攻撃。

電話してみたところ、営業時間は朝8時からとなっているけれども、7時半から空いている場合もあって、それは当日の担当次第との事。まぁ、おそらくボランティアっぽい感じもするので、朝8時の開館に合わせて準備しているので、その間に来ても対応できますよというご厚意なのかもしれない。

というやりとりで北海道氏とはここで別れ。

しかし、一度思いっきりブッチ切られて抜かれたはずなのに、何故重装備で後ろから現れたのか。どうも昨日は休足日で半日も歩かずに高松市内で地鶏料理を堪能していたよう。

そうだよね。もう若くないので足への負荷も考えて、全体をマネジメントしないといけないと痛感。

北海道氏と別れて下道をゆく、八栗新道、原、琴電志度と、琴電の車窓から見ても決して、近くはない道程。そして、6月だというのに、とても暑い。

房前と原の間で、志度線の有名な撮影地をかすめ、脇道に。平賀源内の旧宅を過ぎれば志度寺はすぐそこである。(源内さんは讃岐、しかも志度の人なんですね)


86番志度寺
11:00着
11:30発

志度寺を出る。しかし、今まで、寺での時間を15分〜20分に設定していたのだが、ここのところ30分かかっている。このあたり、どの程度勤行するかにもよるのだろうけど。年数を重ねるごとに、なるべく丁寧に行うようにしており、歩行距離を稼ぎたいという欲望との妥協点がこれくらいかもしれない。あとは、讃岐ステージは1日で回る寺の数が多いので、お寺でかかる時間がだいぶ影響してしまう。それでも19年前に発心した時は、観光バスがガンガン走っており、歩き遍路は優先してもらえる事が多いとは言っても、勤行も読経も時間がかかる場合がある場合が多かった頃から比べると、今回は納経所では待ち人が全く居ない事がほとんどである。

さて、志度寺を出ると、ちょっと町内で道を間違えてしまい遠回り(本当に讃岐は道をよく間違える)。おかげで亀の甲羅干しに出会えた。水路に野生の亀の大群は初めて見た。


志度の水路で見かけた亀の大群

志度からは、比較的楽な道程のはずだった。町中のファミマで、昼飯を調達して、県道3号を造田、長尾方面へ。しかし暑い。ここは平坦なはずなのに、ジリジリと照らす日差しで、速度が落ちる。そして、また、年配の方に抜かれた。

「おかしいなぁ、よほどの運動不足か」

やがて左手に有名な、オレンジタウンが現れる。JR四国の関連会社が開発したニュータウンであるが、入居率が問題となっている。ALSOKの警備事務所があり、高セキュリティの高級住宅地をうたっているが、駅にはエレベーターがあるふうでもなく、パーク&ライド駐車場に車がチラホラ。3島会社の中では2番目に厳しい(北海道は論外)会社であるが。逆に、コンパクトで良い経営をしているとは思っているのであるが。空き地が目立ち、スーパーはおろか、コンビニはさっきの志度の街まで出ないといけない、駅は、特急通過、エレベーター無しは厳しい感じがする。

さて、オレンジタウンを抜けるのが結構長い、高徳線が造田方面へ左へ大きく曲がった後で、3号は長尾方面へ。暑さにたまらず途中のミニストップで文字道理小休止。ここで4キロちょっとで、あと6キロ弱。自分の足の遅さにうんざりしてくる。

ノロノロしてもいられないので、腰を上げる。北海道氏はもう、今日の宿を探しているのだろうか。おそらくお遍路サロンの方の涼しい所で泊まる気がする。広瀬橋から川沿いに入り、裏道に。通りの多い県道沿いより裏道の方が歩きやすい。(しかしここに道間違いのトラップが多いのが讃岐)

まだ慣れぬ暑さにヘバりながら、長尾寺着

85番長尾寺
13:50着
14:20発

もうこの時間では結願の地に行くだけでせいいっぱいなのと足が限界。志度から歩き通せると思うが、今回は安全パイを取った。

琴電長尾から長尾線完乗の旅。琴電長尾線は志度線と比べると車格も大きい。そして使っている車両も、なつかしの京急のやたらと引き戸がデカい車両。あれを見てると扉に指を挟まれるのが怖い。

そうしているうちに、だいぶ、疲れたのか、ウトウトしていると、

「次は高松築港〜♪」

やってもうた。瓦町で降りる予定が。まあいいか。これで高松築港まで完乗。残るは琴平線にしておこう。


区切 琴電長尾駅 14:30

2022年7月1日金曜日

(1)琴電長尾駅〜88番大窪寺

2022年6月13日(月)(5日目)

区切 琴電長尾駅6:50発

 序章のとおり、順打ちを結願からたどるという特殊なブログ。後ろから読むと全体像が見える。ちなみに写真を撮りながら歩くと、凝ってしまい、時間を消費するという教訓を発心の徳島で得たため、ほとんど、文章ベースになってしまうが、基本は、へんろみち保存協力会編の四国遍路ひとり歩き同行二人をご覧いただきながらたどると参考になると思う。

 志度から、一気に大窪寺へ向かおうとして挫折した前日。何しろ「結願第一で無理をしない」というのが今回のポリシー。しかしここからは、琴電もJRもなく、あるのは、さぬき市のコミュニティバスのみ。10時と14時それと16時に大窪寺を出る便のみであるから、ここは歩き切らなければならない。

 昨日は一旦、長尾から高松市内に戻り、連泊していた瓦町のアパホテルから、瓦町発の琴電の始発に乗る。6時15分。地方では標準的なのだが、こう結願するとなると、少しでも早く、長尾に着いておきたかったとか、現地の宿にしておけばよかったとか、たらレバが続くが、仕方ない。

出発6時50分。長尾駅を出てしばらくは平地を歩く。ここで、お約束。歩きでの1時間あたりの歩行時間計測。通勤の自動車が飛び交う道を、無理なく、かつ早く歩き、県道3号がクランクに曲がり、休憩所を過ぎて大石のバス停まで。ここで7時50分。道を間違えて500メートルロスをしたが、この分だと休憩しながらでも、1時間あたり4kmという自分の標準は確保しているようである。 

ここで少々、往来のきつい県道から遍路道にそれると、おじさんに声をかけられた。

「お遍路さん早いね、昼にはじゅうぶんに着くから、お遍路サロンにでも寄って休んで行くと良いよ」

と声をかけられた。地元のお年寄りに言われる時間的距離はだいたい合っている。この区間15kmであって、残り11kmを考えれば、歩行速度が落ちなければ、3時間である。ただ、大窪寺までは県道ルートでも、標高400mから峠を320mまで下って、450mの大窪寺に至らなければならない。慢心が招いた、観音寺の悪夢がよみがえり、本当にこの足は大丈夫なのかと心配になる。

 そうこうしているうちに前山ダムが過ぎ、お遍路サロンに到着。事前のリサーチでも寄っていくと良いと言われたし、途中で会った北海道さんも寄っているはずだ。お遍路サロンに到着は8時15分。ほぼ8時の開館(実際は7時半から空いている事も多いようである)であるから。開館直後。1番客のようだ。ボランティアと思われるおばさんが、お茶とお菓子を出して、いただいゆっくり休む。ここで書くアンケートが皆が言う、遍路大使のデータになるので、慎重に記載する。事前にリサーチしておいてよかった。遍路大使への任命書が出るまで、館内を見たり、ゆっくりしていたら8時45分。休憩は30分だった。



前山ダムをすぎてすぐ、左岸、山に向かっては右側、お遍路サロンは朝8時から


遍路大使の任命書
第1050番、区分は、壮絶な区切りながら「徒歩」


 礼を言ってお遍路サロンを出る。おばさんに、どのルートがいちばん早いかと聞くと、県道も、花折の遍路道も実質時間は違わないから、少し戻って花折の遍路道を歩くと良いとの事。地図で、見るときつそうなのだが、全部舗装されており、ダンプが多く歩道がない県道をおっかなびっくり歩くより良いとの事だった。せっかくの遍路道なのだから女体山ルートが絶景でお勧めなのだが、今日は尻の時間が完全に決まっているので安全パイ。大窪寺で時間を取りたいので、なるべく早く着くルートを選ぶ。ちなみに、みなさん大窪寺まで何時間くらいで歩かれますかと聞くと

「3時間とちょっとの方が多いですよ」

との事だった。ブレーキがかからなければ良いが。

 お遍路サロンから少し戻り、花折の遍路道に入るとなるほど、細いながら、舗装されていて、車が来ない。先人の記事によれば、ダンプが来るとの話で、途中途中に待避場があったりするが、平日なのに稼働していないのか、結局ダンプはおろか車1台すれ違わなかった、マイナスイオンたっぷりの気持ちのいい道だ。CommanderCompassを見ると今さらながら、時速表示が出ている事に気づく。最初は高度が知りたくて、上昇率と降下率だけを気にしていたが、表示を見ていると、時速3km/hと4km/hの間をいったり来たりしている。これは恐らく休憩すると時速3km/hという事であろう。残り11キロで3時間という事はやはりユッタリあるいても間に合うだろう、時計を見ると標高300mまで登って9時15分。これは大丈夫だろう。ここの時点でやっと少し安堵の気持ちが走った。


花折の遍路みちはマイナスイオンたっぷり。女体山を経由するのでなければ、このコースがおすすめ。

 花折の遍路道を過ぎて県道と合流して9時15分。ここからは車通りの多い所を歩くが、危ないからと、横の遍路道に逸れると、未整備区間が多く、草にはばまれ大幅に速度が落ちる。なんだか香川県はこんな事が多い。遍路道の札が出ているのは有り難いが、排ガスが舞う県道を逸れて、遍路道に逃げたら草や虫にやられたりを繰り返しながら、10時30分には天体望遠鏡博物館がある分岐に到着。

 普段は産直の会場なのだろうが、今日はお休みのようである。トイレを借りて小休止。ここから先は国道377号となり、歩道もあり、整備されている。歩行速度を見ると4km/hと5km/hの間を行ったり来たりしている。

「おお、坂道でも標準速度が出ている」

足の具合が良ければ、ゆるやかなアップダウンであれば、標準速度が出るようである。

お食事処の竹屋敷で、11時13分。これは時間に間に合いそうだ、思わず、腹も減ったし飯を食いたくなったが、結願優先、結願優先。竹屋敷の先で川の反対側に出て、車通りの少ない平行道路をゆく。ここも舗装がされていて、歩きやすい。

 そして12時ちょうど。なんと都合の良い時間であろうか。結願の地。大窪寺に到着した。

88番大窪寺
12:00到着


 結願の地であるから、丁寧に読経し、ゆっくりと伽藍をまわり。納経をし、結願証書もどうしようかと思ったがせっかくなので、いただいた、2000円。大量の杖が納められたお堂を見ると自分も杖を納めたくなったが、金剛杖は、自分が彼岸に旅立つ時に棺に入れてもらいたいと思って歩いて来たので、この初回の歩いて回った金剛杖は家宝として、床の間に置いておこうと思っていたので、代わりに菅笠を奉納。これも回向料がかかったが、大窪寺には何か置いてきたいと思っていたので、アダプターだけ外して。菅笠を奉納した。

 


ガラスケースの中に、もの凄い数の杖が奉納されている金剛杖の供養塔。1本1本がこの地で結願した人の思いが詰まっているかと思うと感慨深くなる。


 ひととおり伽藍をまわって1時間ほど。門前の店の女将さんに誘われて、食事。ここは切り込みうどんをいただく。通り道にあった、竹屋敷さんの系列のようである。疲れた体に鍋焼きうどんのごとく、暖かいうどんが身にしみる。

 土産や、仏具を買い、14時のバスで里へ降りる。ここで、徒歩の旅は結願して終わりだ。乗客は3名。このバスは変則的で、JR造田駅を先回りして、コミュニテイバスを受託している大川バスの本社前(すなわち琴電の長尾駅)に至るようである。どうやら、琴電に対し、本数が少ないJRへの接続が関係しているようであるが、この辺、先人の記事とダイヤが違ったりするので、調べた方が良いようである。

 琴電は志度線、長尾線を全線完乗したので、久しぶりにJRで高松駅にゆき、マリンライナーに乗って、新幹線、特急しなの号のルートで帰途についた。四国の4空港を制覇しようと思っていたが、東予地区あたりから、瀬戸大橋経由の鉄道利用で帰るのが便利な地理になったようで、結局、高松空港とは縁が無かったようである。

 これからはどうしようか。やりのこした事は、自動車でも良いから、お世話になった人たちは元気か、高野山に寄りがてら、四国を一周しようかとも思っている。

結願 88番大窪寺12:00














2022年6月27日月曜日

ねじ巻き遍路日記〜結願した

 

僕は令和4年6月16日徒歩にて四国遍路を完歩した。



順打ちの記録でもなく、逆打ちの記録でもなく、そもそも、これを記録に残そうなんて思っていなかった。しかし、ブログのネタもだいぶ少なくなっている割には、見ていてくださる方も多くて、記録に残そうと思った。このブログは88番から、変則的に過去へと時間が遡っていくので、皆さんが書かれている話法と微妙に違って面白いかもしれない。

最初の発心は平成16年と、高野山の記録にある。高野山の納経だけは日付が記されるからだ。本来なら、結願してから高野山へ行くものであるのだが、平成16年に結縁灌頂の際に、高野山の仏具店で四国八十八箇所の納経帳を見つけて購入して、納経してもらったのがきっかけだった。

結縁灌頂はご存じの方なら分かるかと思うが、金剛界と胎蔵界の2回を受ける。この2回の間にどうやら四国に渡り、板野駅から1番霊山寺へ向かったようである。
覚えによれば、大した発心もなく1番から3番までスタンプラリー気分で、普段着で歩いて、これは完歩は大きいと自覚し、金剛杖、白衣、山野袋、を購入し、歩きでスタートしたのである。

当時、乗り鉄趣味全盛だった自分は、ただ単に、南海電車に乗ったり、四国のローカル線に途中駅で乗降できたり、バスや飛行機に乗るのが楽しみだったといういきさつもあって、結願に19年を要するという壮大な結果になった。

ルールは、一般的な区切り歩き遍路であるが、その回数と細かさが異常である。故種村直樹氏の日本一周外周バスの旅と同じように、主に区切りの点を、駅かバス停に定め、そこを区切りの地とする。今回いきなり4泊5日の日程となるが、そもそも1泊だったり、日帰りという、通常、地場の人でなければあり得ない、行程も多々含まれる。



そして、写真であるが、これを機会に過去のものを整理し、一体、いつ出かけたのか、特定して行こうと思うが、鉄道やダイヤが大幅に変わっている事もあって、正確なものではない。

ともあれ、この20年が何だったのか。大窪寺からは戻らず、ここで結願とし、てひとまず、2回目を始めるために、霊山寺には戻らない事にした。実は、19年、一つの区切りで大成した事。必要であれば、また始めたくなったら霊山寺に戻れば良い事である。結願の地が近くなると88番の後、どうします?という事をよく聞くようになる、一般的には1番の霊山寺に戻り、お礼参りをするのであるが、出会う先達に聞いて見ると、戻る必要は無いだとか、1番でお礼をするか、高野山へ詣でると良いという返事が多く。今回も、事前下調べで、1番には戻るつもりは無かったので、改めて高野山へ詣でようと思う。

何しろ、令和4年、西暦で2022年6月16日の正午頃。徒歩にて四国霊場八十八箇所を完歩した。これはまぎれの無い事実である。

2020年11月7日土曜日

只見線に柿ノ木を見た

 今年はドローンの飛行時間と練度の熟成に時間を費やしてしまい、なかなか通常のスチル写真を撮る時間がなかった。しかしながら、雪で真っ白になる新潟や、茶色の長野の季節がやって来る前に、ずっと思い続けていた写真が撮れた。


只見線 柿ノ木
α7III+MINOLTA 80-200 F2.8 HIGHSPEED APO

 新潟に仕事で行く機会は隔週であったのだが、只見線は本数が少なく、サボりがちになっていたのだが、一心発起で朝早く起きて、朝一の往復の列車を撮影。もはや去年撮り損ねた段階でキハ40系の時代が終わってしまったのだが、小出口はキハ110になったらなったでこれも、意外としっくりくるようである。
 柿ノ木はただでさえ少ない只見線のダイヤにおいて小出口のそこそこ当時は本数があった場所で1日に3本しか列車が止らない駅であったのだが。青春時代、なんとかここで降りてまた乗る事ができないかと模索したものだった。そんな柿ノ木駅も2015年に廃止となってしまった。最も地元の情報によると、大白川から小出方面へ通学する高校生もたったの3名だそうだ。
 来年には上下分離方式での全線復旧が叶うが、こんな先行細りの状況でよく残すものだと思うが、これからの季節、とんでもなく深くなる雪の季節、県境の峠は封鎖され、時間に正確にやってくる列車は希少な足なのである。

只見線 大白川-只見
α7III+MINOLTA 80-200 F2.8 HIGHSPEED APO

 時間軸は前後するが、柿ノ木で撮る前に、沿線をロケハンしていると、なんだか怪しい大宮ナンバーのミニクーパーが止まっている。向こうもこちらが長野ナンバーのヤリスなので気づかなかったようだがどう見ても奴である。

「Mちゃん?」

 やはりM氏だ。埼玉から只見線専門かのように頻繁に出没しているという仲間うち情報は聞いていたもののまさか、こんな山奥でバッタリ。しかし不思議なもので、実際に会うのは14年ぶりである。そうなると、話に夢中になっている所で下から列車が登ってきてしまい、痛恨のミスショット

「だから言ったじゃ無いですか」

とM氏は毒舌だった。しかしながら現像してみたら、割と悪くなかったようである。WXは小雨でなかなか色が出ない厳しい状況であったが、色温度を上手くすれば、さほど問題にならないようで、まさに紅葉全盛期に今年は只見線に行けたようである。最近はこういう人との出会いも沿線撮影の楽しみにしている。


 ちなみに早朝はこんなものの試運転が行われていたが、情報に疎いもので、線路側にテツが集まっていたので、慌ててカメラを取り出して、撮影。ENR-1000と呼ばれているロータリー除雪機であるが、これ1台でロータリーとラッセルを兼ねる事のできる優れものである。

 ほぼ止まっている速度だったので、なんとかなったが。この車両、大白川に常駐しているが、この図体で、車籍が無い作業機扱いなので、こんな明るい時間に現れるとは。どこで羽を開くか、段切りをするか、除雪の段取りを確認しながら走っているのか、ほぼ停止の状態を繰り返しながら、歩行速度より遅く下って行った。いよいよ、雪に閉ざされる季節の到来を予感させる一コマであった。

2020年2月23日日曜日

ニューフェイスIC-9700を導入。

昨年は色々とご心配をおかけしました。
すったもんだの結果。コマーシャルの方も決まりまして、ほぼ、自分が予想していた長野ライフに近づいた感があります。ご支援いただいた皆様には心より御礼申し上げます。

ところで私事ですが。兼ねてから買いたい買いたいと言っていた、IC-9700、144MHz、430MHz、1200MHzのオールモードトランシーバーを入手しました。


FM伝搬実験などでは、TS-790やIC-7100にリニアを繋いで、何とかご迷惑をおかけしながら、奮闘しておりましたが、これでやっと、VU専用のオールモード機が手に入りました。一説によると導入結果、IC-911Dの方が良かったから売りに出してしまった等の話も聞きますが、当局のラインナップでは、新スプリアスに対応できるVU専用オールモード機となるとこれ一択なものでして。

DX通信、コンテスト、日常の通信と、活躍して欲しいと希望しております。なおTS-790Sにつきましては流石、FMのKENWOOD、今もって通用する、「いい音」をしているので、ホームからはどちらから出るかは気まぐれになりそうです。

2020年は徐々にアクティブに行こうと思いますのでよろしくお願い致します。


現在の長野シャックの様子。JH1PRT/0局とJJ0TRJ局が混在してますが、今年こそはJJ0TRJを稼働させるというのも目標です。





2019年7月29日月曜日

115系の夏、新潟の夏。


 今年の梅雨は長かった。別項のとうりストレスがたまるような事が続いたので、とりつかれたように新潟の115系を追って見たが、情景写真により過ぎて編成美が逆に足らないかなぁとも反省してみた。
 しかし、なくなるなくなると言われつつ、新系列のE129系の製造が一度止まっているようで、若干の時刻の修正はあったものの去年の運用のまま運転されているようである。令和になって最初の夏。昭和車の115系も、まだまだJRで活躍しそうである。


2019July22
信越本線 柿崎ー米山
α7III+MINOLTA80-200F2.8HIGHSPEED APO
f/4 1/1000 ISO400

早朝、信越本線に1往復だけ残る快速列車。通勤客を乗せてリバイバル弥彦色がやってきた。まだジトジトした天気でハッキリしないが、背後は黒井か直江津か。山がグラデーションになって見える。




2019July28
越後線 刈羽
α7III+MINOLTA80-200F2.8HIGHSPEED APO
f/5.6 1/800 ISO200

台風一過、いよいよ強烈な暑さが新潟にもやってきた。曇りがちで太陽光線は弱いものの、うだるような暑さ。望遠で覗くと陽炎が出るようなコンディションの中、柏崎行のキムワイプカラーの115系がやって来た。一人少女が乗る。夏休みだろうか、今日は私服でお出かけ。車掌が手を出しているのは定期券を見ているのだろうか。そう、3両編成の115系は車掌が乗務している。
「この辺のも昔の電車は車掌さんが乗ってたんだよ」
なんて言われる日も近いかもしれない。



2019July28
越後線 出雲崎ー妙法寺
α7III+MINOLTA80-200F2.8HIGHSPEED APO
f/13 1/50 ISO100

梅雨明け宣言!。順光浴びて、緑の田圃をキムワイプカラーが疾走する。新潟の緑にはこの色が一番似合う。



 2019July28
越後線 粟生津ー分水
α7III+SONY24-70F2.8T*
f/4.5 1/1600 ISO100

夕刻迫る弥彦山麓をゆく。ひと昔前までは「また青か....」などと言われて嫌われた色であるが、リバイバルカラーが増えたおかげで1編成となり、「JKワイパー」などと言われて希少視されるようになった。稲は出穂して花粉がついているようである。GWに田植えをしていたのだから8月も末になれば刈り取りの季節の雰囲気になってくるであろう。




2019July29
越後線 青山ー関屋
α7III+SONY24-70F2.8T*
F5.6 1/1000 ISO100

新潟市内まで足を伸ばしてみて、関屋分水の所の橋から側面を撮る。台風の後で関屋分水路は茶色く濁った色をしているので、なるべく水面を少なく切ってみた。空は青いし、堤防の向こうは海のブルーである。内陸を走っていて海が見えない越後線であるが、もしかしたら一瞬だけ海らしきものが見えるのはこの橋梁だけではないだろうか。










2018年8月31日金曜日

夏休みを振り返って


活動の場がSNSベースになってしまい、Instagramを始めた関係で写真もそちらが中心になってしまうと、ブログの更新がいよいよ少なくなってしまったが、ジックリと表現するメディアとして、ブログはまだまだ存在意義が大きい。
Instagramはすぐに人気評価がでて面白いのであるが、旬をすぎた画像はどんどん過去帳の奥に入って行ってしまうのが難点。腰を据えて写真を厳選するのはブログの味かな。撮りためてから書くような廃りるになってしまったが、今年の夏を振り返っていくつか。

撮影ボディがα7IIIに変わった時期と重なったのであるが、ニューボディのポテンシャルを感じつつ、新しい環境に慣れてきた時期の写真。


小海線 野辺山-信濃川上
α7III+SONY24-70F2.8T*

川上村のレタス畑をゆくHIGH RAIL1375。山の天気は気まぐれ、八ヶ岳連峰と夏の雲がタイミングよく姿を現してくれる日はなかなか少なかった。撮影中、作業している青年と話したら、神奈川からアルバイトに来ているとの事。冬場は仕事が止まる高原野菜。夏に絡むシーズンだけで3毛作も行う場所もあるとの事で、ここで育っているものは2毛作目との事であった。


小海線 清里
α7III+SONY24-70F2.8T*

昔から隠れた定番地、清里駅へ向かう所の踏切。ムーブメントがピークだった頃は踏切を渡ってくる人並みとレンタサイクルの渦が撮影主題だったが、今もタイミングが良ければ人混みが現れる。列車も増結され、長編成となっている。昨今は自動車で来る人が多いが、列車での需要も健在で休日は「八ヶ岳高原列車」の愛称のキハ110系車両が小淵沢との間を往復輸送している。

ちなみに、同じ八ヶ岳高原に分類される野辺山や川上村は長野県。JR最高地点を過ぎて、清里や甲斐小泉は山梨県となる。自動車のナンバーも山梨ナンバーとなるが、この季節は圧倒的な県外ナンバーで埋め尽くされる。


小海線 小淵沢-甲斐小泉
α7III+SONY24-70F2.8T*

大カーブをゆくハイブリッド車両のキハE200。大カーブは順光となる時間が短く、基本的に逆光や半逆光となったり、雄大すぎて構図が難しいところ。ベタな所のようで雄大な山をバックの構図を撮るには通わないと厳しいかな。ここは山梨県。東信からだと大きく回り込んだ先なので、近いようで結構距離があって、なかなか通いずらい所。


篠ノ井線 平田-南松本
α7III+SONY24-70F2.8T*

ようこそ高原都市松本へ!

諏訪湖を過ぎ、塩嶺トンネルを抜けて塩尻、エプソンの工場が林立する広丘を過ぎ、松本市内に入ってくる。南信地区の郵便ターミナルの松本南郵便局をすぎると、オイルタンクやコンテナ貨車が群れる南松本駅の長い構内を経て松本に到着する。

今年の3月にスーパーあずさ一気に置き換えたE353系であるが、増備が進み、E357 系で運転されている「あずさ」や「かいじ」の運用にも入りはじめたようである。側面から見た窓回りデザインが独特の同形式。信州の景色にもマッチする。新しい顔になりそうだ。



北陸新幹線 軽井沢-佐久平
α7III+MINOLTA 80-200 F2.8 HIGHSPEED APO

さわやか信州~。高原の爽やかな風を切ってE7系がやってきた。

ものすご~くベタな所で、ものすごくベタな物を撮ってみる。新幹線撮影地をあちこちロケハンしてみているのであるが、ここはお気に入りの場所のひとつ。紅葉すると非常に綺麗なと所であるが、緑深い季節はベタすぎてうっかり忘れそうだ。

E7系は好きな車両のひとつだ、奇抜な色彩のE6、E5系はJR東日本の新幹線の花形だがE7(W7)系はポストE2系として、安定の標準デザイン。白ベースのカラーリングがボディマウントを強調して縦長の印象。

上越新幹線用の増備も決まって、長野を通過する新幹線からE2系が消えて久しい感じになったが、今度は第二世代のオール二階建て車、E4のMaXの去就が気になるところ。系雪深い場所へ向かう列車はE7系列に集約されそうである。

しなの鉄道 小諸-滋野
α7III+MINOLTA 80-200 F2.8 HIGHSPEED APO


小諸の市街地を発車してきた115系。「なつかしの車体カラー」と称してリバイバルカラーを次々に送る、しなの鉄道であるが、JRからの譲渡車として、塗装変更を省略した仕様感が強かった、通称「あずさ色」の115系であるが、このカラーリングは1編成のみとなり、この色も「なつかしの車体カラー」にラインナップされている。

午後3時を過ぎると斜光線がキツくなってくる。まだまだ日の長い季節であるが、お盆をすぎると日差しも空気も、どことなく秋の気配がしてくる。

長野に来て3回目の夏が過ぎた、右も左もわからないまま過ぎた1年目、やっと写真活動がはじまってロケハンをし始めた2年目。まだまだ信州の魅力に振り回されてている感が強いが、次の季節、3回目の秋はどんな景色が撮れるか、楽しみである。