2022年7月10日日曜日

(5)多度津駅〜77番道隆寺〜78番郷照寺〜79番天皇寺〜80番国分寺〜国分駅

 2022年6月9日(木)(1日目)

区切 予讃線多度津駅 7:36発

前回の打ち終わりの4月18日からのリベンジである。今回はこの超細切れ遍路の中では最長日程の4泊5日の予定である。行きは、長野まで特急「しなの」で出て、名古屋駅から名鉄バスで丸亀まで乗車。実は前回も苦労したのであるが、バスの運休が相次いでおり、たまたま発車オーライネットを見ていたら、名古屋〜香川線が復活しているではないか。前回は検索では出て来なかった。しかも運良く早割で予約できたので、4000円と、とても安かった。名古屋までの特急の方が高いくらいだ。乗って見ると乗客は5人のみ。

「これでは倒産してしまう」

まだまだコロナ渦。毎日運行に変わったは良いが先行きは不安である。とにかく黄金の5日間と格安で往復できる手段。ここは秋以降と考えていたが、一念発起、結願まで行ってしまおうと思い四国入りした。ちなみに。心中5日もあるのだから結願しない事はないとは思うが、前回の観音寺の大ブレーキもあって体力もさほど変わらないと思われるので、

「当たり前に結願しない、全てはお大師様のご意志」

と心に刻んで、前回の区切りの地の多度津駅に降り立つ。20年余の四国巡りが、これで最後かと思う一方、意外とあっさりしている朝であった。



前回工事中だった多度津町役場。わざわざこちら側で区切ったので出会えた

新築の多度津町役場を過ぎると、77番道隆寺はすぐそこ。前回、「道隆寺はそっちじゃないよ」とご丁寧に何度もお声がけいただいたが、今日はすぐにたどり着いた。確かにここは観音寺方面から歩いてくると、分かりにくいかもしれない。

77番道隆寺
7:50着
8:20発


今回は気候が良い季節だったからか、お接待が多かった。歩き出していきなり自転車のご婦人から飴をいただいた。お手紙を見るにどうやら、カトリックの方のようだ。異教徒の方でも、こうして御大師様のご縁を大切になさり、一日一善で用意されているのだろう。讃岐のここまで来ると、我々が同行二人で長い道中を歩いて来て、いよいよ結願が近いという事もご存じのようで、とても有り難い。

道隆寺を過ぎると一旦、今日の宿の丸亀を過ぎる、なんでこんな所に宿をと思うだろうが、前回のブレーキ、予讃線があったから助かったようなもの。アパホテルの安いプランを発見したからであるが(結局鉄道での往復と食事を考えると遍路宿の方がユックリできるのだが)どうもこの手の打ち方の方がシックリ来るようである。今日の目的は国分寺まで行くことであるが、途中でのギブアップポイントを考え無理な位置に宿を取らない事にした。


チラリと見えた丸亀城

丸亀城をチラリと見て、今日の宿と夕飯をアテにして、丸亀の市街地を歩いて行く。するとおお、出たではないか、番外霊場ジョイフル寺。


何故か吸い込まれてしまう番外霊場ジョイフル


ジョイフル
9:45着
10:15発

感じの良い復刻された街並みをゆく


 久しぶりにここは打っておこうと思い、ジョイフルで食事。しかし、ジョイフルで食べて1000円超とは閉口。今までハンバーグを食べてももっと安かった気がするが。昨今のインフレか。愛媛ステージから有るたびについつい入ってしまうジョイフルであるが、ここでエネルギーチャージを行い、歩き出す。次の郷照寺までは区間距離7.2Km、平坦路。

78番郷照寺
10:55着
11:15発

前回、大ブレーキがかかりながらも、丸亀までは歩けないかと思いつつ、最終日も足が痛く、多度津に辛くも駆け込んでしかも道隆寺を打ち漏らしていたが、当初は78番郷照寺まで打って坂出で終わろうかと思っていたくらいである。ちょっとここの区間、朝から歩いて昼近くなっている事を考えると、どうだろうか。足が健脚なら丸亀は確実、坂出も不可能では無かった気がする。ただ、この先の区切り方、宿の取り方を考えると、大勢にはさほど影響は無かったのかとも思うが。何せ、勇気ある撤退も大切である。

そう思いながらも今回はさほど足がご機嫌を損ねる訳でもなく、今晩はビジネスホテルであるから、打てようが打てまいが国分寺までは行きたいと思いながら歩く。そうこうしているうちに多度津から坂出に出る所で痛恨の道順ミス。郷照寺から出るときは遍路地図にある五叉路に注意である。讃岐は案内札が少なく、道の間違いが多いと皆して言うが、自分もウッカリここで、坂出ICの方へ進んでしまい、慌てて戻る。大勢に影響の無いミスで良かった。Google地図と遍路地図を突合していると、農作業中のおじいさんが手を止めて、来てくれて、親切に道案内ご接待。

「坂出の街はそっちじゃなくて(讃岐弁)すこし戻って、中学校の方にいかないように・・・・」

これまた、讃岐の人は丁寧に、1箇所づつ戻る道を教えてくれた。ちょっと道を間違えたが、ここは何しろ平坦、なので助かった。

「南無大師遍昭金剛、南無大師遍昭金剛、南無大師遍昭金剛」

前回、足の怪我を始めて経験しながらも多度津まで歩かせて貰った事、大きく道を間違えず、大難が小難、小難が無になった事に、感謝しながら歩く。

坂出の街はアーケード街である。遍路道もアーケードを貫いて行く。アーケードを抜けて予讃線を跨ぐと天皇寺はすぐそこである。ちなみにこの予讃線を跨ぐところ、踏切撮りするには良さそうなカーブではないですか。しかも坂出の高松寄りなので、岡山で新幹線連絡するマリンライナーや、予讃、土讃特急が行き交う、幹線。予讃線も電化複線四国では珍しい風景。


遍路歩きでなければ電車が来るまで待って写真を撮りたいポイント

79番天皇寺
13:30
14:00

ここは神社なのか、お寺なのか全くよく分からず、本堂、大師堂、納経所を探すのに苦労した。天皇寺というくらいだから、崇徳天皇に縁のあるお寺のようで、みかけはどう見ても神社で、鳥居の中でまとまっている。解説編を読むと良いのかも知れないがこういう所に足を踏み入れると、夜にスマホを見ると、崇徳天皇とか、廃仏毀釈とか、Youtuberが教えてくれる。なるほどと上手くできたシステムだ。

天皇寺を出てピッチをあげようとすると、

「お遍路さんいらっしゃい」

とお店で接待を受ける。こういう時は呼び込みなのか、無料接待なのか、構えてしまうが、

「冷たいお水にお茶に、カップラーメン如何ですか。」

と来るとこれは受けねばならないと。腰を下ろす事になる。今回は予定がユッタリしているからか、割と雑談をしながらお接待を受ける事が多かった。接待する側も密にならないように、工夫して、無人接待所としたり。こちらは、飲食店基準で、お接待いただいた。今回の旅では何度も聞く話になるが、

「コロナ渦でお遍路さんがゼロになった所から少しずつ増えてはいるけれども、3.11の震災の前には遠く及ばない」

との事である。何せ自分は本来なら緑札でも良いような年季なのに白札である。だから人で混雑している頃を知っているのであるが、お接待しようにも、この陽気のいい季節柄でもなかなかお遍路さんが通らないという事情。遍路をする側からすれば、空いていて歩きやすい側面もあるのだが、地元としてはとてつもない痛手であるようだ。ここでは野宿で歩いている人と一緒になった。そういえば郷照寺に置いてあったザックの人だなと思ったが、テントを張りながら、歩いているという。昔は野辺に直に寝ていたが流石に虫さされが酷く、テントを持ち歩いているという。今日も含めて4日で大窪寺に至る予定だという。同じ行程を歩いている訳であるが、自分が休んでいる間も歩むのだろう。ただ、先人のブログを読むと、坂出付近からは4日という人が多いようで、5日あてている自分は安全パイを取り過ぎなのか。でもこの先、読むと分かるのだが、見事にこの型にはまって、早朝に出て15時には宿に入るという、典型的な遍路歩きをする事になる。白札で恐縮であるが、お礼の札をお渡しして、接待所を後にする。

なんだかんだで15時を過ぎると納経の時間が気になってくる。納経はお参りの後で、自分の場合は、般若心経、ご本尊様のご真言、光明真言、お大師様のご宝号と、一通り、本堂と大師堂で唱えて15分。伽藍の移動と、納経、小休止を含めると最低でも20分はみておかないといけない。一転、朝は門が開いていれば、一通りお参りしてから、7時に納経してすぐに出るという手もあるのだけど、ローソクと線香は7時から17時までというお寺もあるので要注意である。

そうこう歩いているうちに加茂川の駅の所で反対側へ渡る。今日は割と具合は良いのか、野宿氏に追いついてしまった。お互い、疲れているのでジェスチャーで進路を確認し合うが少々ここから国分寺までが複雑である。

通りの多い11号BPに出る。動物注意は良いが怖いマークである。この付近一帯、イノシシが出るらしく、特に80番から先の五色台はイノシシが山から出て来ないようにフェンスで囲まれていたりする。

ここを下へ。飯山は長野県で知れた「いいやま」ではない模様w

一旦、野宿氏と別れて地図どうりに歩くが国道11号のBPを一旦経由する。ここは、川沿いから、一旦トンネルを潜って、階段を上って、車線どうりに左ベタに行くのであるが、讃岐には珍しく、詳しい道順案内付きの看板が出ていた。ここ、11号が高架であり、かつ旧道と一緒に予讃線を超えるので、複雑である。野宿氏はまっすぐに行ったようであるが、翌日予讃線からここを見てみると、旧道から、高架下に入るルートもあるようで、そちらの方がアップダウンが少ないかもしれない。いずれにせよ、あの野宿氏、初回では無いなという感じ。自分も年季が入った、山野袋にボロボロの菅笠。初回ではないように見えるようであるが、年季だけは入ってるけど、この道は初回なのである。

予讃線を超えるところのジャンクション的な交差点を下り、左に曲がると間もなく国分寺。16時着。教科書的だ。今回は疲れは出ているものの、足の調子は良かったようである。いよいよお寺の番号も80番台。ここを打てばあと8寺である。

80番国分寺
16:00着
16:30発

区切 予讃線国分寺駅 17:00

(4)国分駅〜81番白峰寺〜82番根香寺〜天然温泉きらら

 2022年6月10日(金)(2日目)

区切 予讃線国分駅 6時30分発

国分駅に戻って来た。ここからスタートする。ここで何を血迷ったか、足への負担を考慮して、元来た道を戻り出した。本来の遍路なら、国分寺裏から遍路道を登るのだろうが、1km〜2km長そうだが、松浦寺まで戻って、表参道の車道を登る事を選択。

まずはこの選択で、ババを引いた事は1kmちょと歩いて思った。もう戻るに、損は確定だし、これはそのまま行くことに。仕方ないので11号を戻り、加茂のあたりから通常なら遍路道に指定される集落道に入る。ちなみにこちらは自動車での遍路の推奨ルートである。

ここが結構距離があり、参道の入口の松浦寺前に着いたときには、8時20分。

道の選択も間違ったのか、よほど憔悴していたように見えたのか、歳の頃同じくらいの若いお兄さんが、愛犬の散歩に出ようとしたところ

「ちょっと待って、お接待するよ」

とお声がけいただき、家に戻っていった。悪いなと思いつつ、お接待は断れないルールであるので待っていると、ペットボトル2本とお菓子をお接待いただいた。今回は天候もあるのか、皆さんやさしくしていただいている。お兄さんのお母様も出てきていただき、小休止、

「昔は、この参道をどんどん観光バスが登っていったのに、最近はお接待しようにもお遍路さんに会うだけでも大変なんですよ。」

との事、確かに、ここは本来自動車の通りだろうけど、実は僕の前に1人居たのだが、この道を選択する歩き遍路の方が居ない事も無く、少なくなったとボヤきは昨日も聞いたけれども、この後、色々な所で聞く事になる。

お接待をいただき参道に入ると、勾配がきつくなる。シマッタ舗装されているけどキツい。これは距離の短い遍路道からアクセスした方が正解だった。

しかしながらこのショット


瀬戸大橋を望む景色は最高。少々高松市内を覗いてここは坂出が見渡せる場所。ドローン屋稼業をしているが、俯瞰で瀬戸大橋を撮るとなったら、こういった場所から望遠で狙うのが正攻法かな。

前日は予定どうり、こなした足であるが、どうも、この上り坂はきつい。それでもブレーキになる事もなく。

81番白峰寺
9:40着
10:10発

このお寺は崇徳天皇陵の隣にあり、宮内庁が管理する厳重な区画もある。こういう所に来るとYoutubeで色々教えてくれるのがGoogleシステムなのだが、明治からの天皇を覗けば、近畿以外に陵墓がある少ない、配流で、この地で生涯を終えた不遇の人生。詳しくはお調べいただくと勉強になる。天皇寺もそうであるが、神仏習合の名残、お寺と神社が合わさっている所は多いが、ここは立派であり、なおかつ陵墓であるから、荘厳である。

小休止し、五色台を縦走し、82番根香寺へ向かう。五色台は一度上ってしまえばプリンみたいな丘陵であり、丘の上のアップダウンは少ない。それでも、時速2km〜3kmくいらいに落ちているようであり。どうも足の具合が悪い。前回のように歩きすぎで太ももの筋肉を痛めたのではなく、靴が合わないのかもしれない。こういう時は、次は高松で都市部なのだから、ABCマートでも探して買ってしまって吉なのである。こういった場合自分のような細切れの区切り遍路では、我慢してしまい、結果、面倒だから、次の行程まで靴を買い換えないといった、事をやらかしてしまうのであるが、そもそも、靴に問題があったのは、愛媛ステージの久万高原の時に、トレッキングシューズからトレイルランニングシューズに変えたのがいけなかった。

前回やっていた快速遍路の人たちは、トレイルランニングシューズで山を「走って」いたから、ただ単に合わないだけなのかもしれないが。何しろ足の内側が、擦れるので、これは、通常なら靴屋を探して変えるのが遍路のセオリー。今回はテーピングを手に入れて、残り4日の行程をどうにかする事にした(結果なんとかなったのだが)

途中、両手ストックの快速遍路さんとすれ違い。こちらが牛歩の歩みで歩いていると、根香寺の直前で追いつかれてしまった。

「だいじょうぶかい、具合悪そうだよ」

確かに、50過ぎの人もシャキシャキ歩けるこんな所で、まだ40も半ばの人間がユックリ歩いているのだからそう言われても仕方ない。どうもこの人、北海道から来たようで、今回で3回目という事。菅笠に金剛杖ではなく、両手ストックの軽装だから、今流行の快速遍路かと思ったが、普通の遍路のようで、

「鉄道と平行している所は、どこか1箇所に連泊して、荷物預けて、軽装で、行ける所まで行って電車を上手く使うと無駄が無いんだよね、何しろ軽くて歩きが早いよ」

との事。おお、なんと、自分と同じような手段でこの愛媛〜讃岐ステージで鉄道を上手く利用している人が居るんだと。確かに遍路宿をどんどん取っていく手法だと、1日を無理する事なく、朝早く出させてもらって15時には入るくらいの余裕で宿を取っていかないと、宿の人に迷惑をかけてしまう。その点ビジネスホテルでは、気遣い不要であるから、夜まで無理歩きなんかもできる。これは野宿にしてもしかりである。北海道氏と一緒に根香寺着

82番根香寺
12:3,0着
12:50発

根香寺を13時前に出るとしたら、ひょっとしたら83番を打っても、ホテルでゆっくり、できるか。甘い予感がよぎった後、はて、?どのコースで降りようかなと、北海道氏に尋ねようとしたらすでに姿が無い。

シマッタ快速で出られてしまった。

ここで今日、2度目の過ちを犯すのだが、一旦五色台みかん園まで元来た道を戻って鬼無に下りるのが正解。それが、どう遍路地図を見間違えたのか、そのコースでは遠いように見え、香西寺経由で下りるルートを取ってしまった。

香西寺ルートから高松市内を臨むプリンみたいに見えるのは五色台ここから続いている。


この遍路道が酷い。前述の通り、メインルートではないので、まるで低山登山の下山のようなガレた、急斜面の下り坂で、所どころ、藪になっている。例によって、完全な道間違えではないから、ある程度歩き始めてしまうと、戻るだけ損。これも「お大師様のご縁と教えだろう」と、すでに、足にきているのを耐えながら、高度計アプリ(CommanderCompass)で高度がどんどん下がっていくのだけを心のよりどころに歩いて行く。

それでも急場を下りるのは1時間だった。13時50分には人里に着いた。

しかしここからが地獄だった。どうやら五色台の本当の高松の駅よりに下りてしまったらしく、明日の行程から考えると馬鹿らしい、12km近くを戻らねばならなくなった。よく地図を見れば、鬼無の所に根来寺から2.9Kと記載がある。そしてここは山を下るには時間は短かったが、1.5kmくらいしか歩いていない。さらに悪い事に、途中、讃岐の人はやさしく、せっかく、香西寺までの道を教えてもらったのに、香西寺のさらに港よりに下りてしまった。道路の看板には一宮寺17kmの文字。時間は14時30分。気が遠くなってきた。一体何を間違えれば、15時には宿につけそうなんて思ったのだろう。確かに、山を下りてすぐ。ならそうであるが、山を下りてから、ここは寺の打ち方が難しい。ひょっとしたら、順番どうりに拘らなければ、香西寺に下りるなら、80番の国分寺から83番まで往復してから、五色台を下りれば、屋島まで近いと。ここの周り方は、順番どうりに拘らないなら色々ありそうだ。

とにもかくも、歩くしか無い。まずは鬼無の分岐点が遠い。ロスった香西寺まで2km近く歩き、高松貨物ターミナルの脇を抜ける。ここで地図をちゃんと見て、貨物ターミナルの先で予讃線を1回くぐって、キナシ大林病院の先を右折。本来なら遍路地図に書かれるであろう裏道を歩いて行く。このあたりで16時過ぎ。だいたい、最後に打つ寺の到着時刻の予定に入れる時間である。この時点で、83番一宮寺は明日の朝に打つことは決定。今日は、必死に歩く事にする。

鬼無をすぎたあたりで、地図の遍路ルートの6.7K地点と合流し、残りがおよそ6Kと推定。この時点で16時30分。時速4kmの歩みなら、宿に着くのは、18時と推定である。鬼無からは香東川の河川敷公園を歩いて行く。かかる橋を1本2本、と数えながら歩くのがしんどい。犬をつれた人に親切に道を教えてもらう。

「あの高速がかかってる大きな橋の先、3本目を上って左ね、まだまだだよ」

30km近く歩く羽目になって、なんか気持ちが折れそうになるが、観音寺の悪夢ほどは足に来ていない、これはいける。県道12号に上って香東川の橋を渡り、信号5個を経て天然温泉きららには18時20分到着。河川敷公園で心が折れて、休止したのが響いたか、時速4kmや出ていなかったようだ。

ここは先人のブログでお勧めだった場所で、83番一宮寺の至近の宿。83番を打ち終わったら、それで泊まれば良いし、打ち損ねても早朝に出れば良いで立地が良い。本来は健康ランド的な温泉施設なのであるが、宿泊ができる。利用システムがちょっと複雑で、健康ランドのほうでチェックインして、別館になっている宿の建物に入る。どうもこの別館、独身寮を改造したようでアパート風であり、部屋ごとのポストなんかもついている。


天然温泉きららの部屋はツイン仕様の不思議な部屋これは金剛杖ホルダーかな遍路宿なら床の間があったりするが、ホテルでは困る金剛杖の置き場所失敬にならぬよう大抵は机の上とかに立てかけるのだが今回はホルダーを利用。


近くにガストもあるのであるが、今日はだいぶつかれていたのと、このチェックインシステムなので、小銭をもって、健康ランドの建物へ行って、ユックリと温泉につかり、施設の食堂で夕食をとり、今日を終える事にした。

明日の予定であるが、今日30km歩いて、この程度の疲れなら志度まで行ってしまうのではないかとも思う。ただ、観音寺の悪夢。雲辺寺越えは一気に超えたものの翌日の足に出てしまったから。八栗辺りで切った方が無難なのか。結願がもう見える所まで来て、どうしようか。日程としてはじゅうぶんに余裕があるので、これはお大師様の声にしたがって、自分の体の具合に任せる事にした。

泊 天然温泉きらら 18時30分着

2022年7月9日土曜日

(3)天然温泉きらら~83番一宮寺〜84番屋島寺〜琴電八栗駅

2022年6月10日 (土)(3日目)

天然温泉きらら6:40発

 さて、宿では6時15分からおにぎり弁当なら出るとの事なので、本館に行き、チェックアウト処理を済ませて、朝食を食べる。四国ではこの手の朝食セットは定番なのだろうか。早朝にとりあえず口にしておくのにちょうど良い量と、リーズナブルな値段で、コンビニでもよくみかける。


6時40分に天然温泉きららを出発し、昨日は満身創痍だった道を少し引き返し

83番一宮寺
6:50着
7:00発

昨日は遅くなってしまったので、朝イチに83番一宮寺を打っておく。札所の近くに宿があるというのは本当に便利だ。欲をかけば、同じ時間に宿を出たとすれば、少し戻って打っている時間、先へ進めるのだが。それは強欲というものだ。この先の予定、どうにも、この悪い脚力では2日では進めそうにない。今日明日を諦めて、3日行程にするか、欲かいて、2日行程で結願して最終日を、何か考えるか。これまた強欲というもので、一体欲というものは何か考えさせられてしまう。他の人のブログなどを見ると通常ここから2日で結願してしまうし、事実行き会う人、それくらいの速度で歩いている。ただ、自分は後の予定、前回のブレーキが相当効いているのか、ここは鉄道路線に沿っている事を利用して瓦町に2泊して、琴電志度線にたどり着けば、志度線沿いに、ギブアップポイントを決め、志度線の終点の琴電志度駅に至っても次は琴電長尾駅を通るから。足の具合次第でどこからでも引き上げられる態勢とした。

四国は梅雨入りしていないと言うが、この日は朝から雨、カッパを着るほどではないが、菅笠で充分しのげる程度の雨。ここの所、クラシックスタイルで歩く人が少なくなった気がするが、菅笠を被るクラシックすたいるは1ミリちょっと程度の小雨なら地図の防水だけ気をつければ、難なく進めるのが良い。

ここは地図どうり、一気に南下していく。地図のページの妙であるが、道こそ少し離れているとはいえ昨日損をした5kmをグッツと平行して戻る格好になる。一人歩き同行二人は便利な地図であるが、ノースアップではない構成なので、スマホでも良いから、正規の地図と突合して、2、3日先の行程を確かめた方が良いようである。

不平を言っていても仕方ないので、平地なので、歩行速度を測る、4km歩いておよそ1時間。まあまだ。国道11号のバイパスを歩道橋で渡ると川(御坊川か)が出現するので、この川から離れないように海沿いの国道11号の旧道に出れば良い。ここ旧、国道11号も充分に広い道なのだが、高松自動車道の高架に沿ってさらに高規格な国道11号があり、ややこしい。

とにかくここは、川に沿っていれば間違いが無い。途中、横断禁止の箇所があって、少し戻ったり、すると地下道があったり、後からついた道が、鋭角の複雑な交差点を構成していたりするが、とにかくこの川の左岸から離れなければ良い。

国道の国道11号にぶつかって9時24分。まずまずではないか。志度線に沿って、大通りをゆく。牛丼の松屋ほか、昨日あたりでは、寄りたくても寄れなかった店が建ち並ぶロードサイドを抜けていくと、10時半に琴電屋島駅前。屋島寺と、八栗寺を両方やっつけるとなると、微妙である。そして、ここからが急勾配。一宮寺から12.2km、宿から14kmほど歩いた所で、足が悲鳴を上げはじめた。これは悪い予感だ。そして年配の人に置いて行かれる。なんとなく今日の落とし所が目に付く。

表参道をしばらく登っていくと駐車場があり、今日は土曜日とあって、沢山の人出。何だろうと思うが、屋島と言えば観光地なのだろう。楽勝で往復してきた若者たちとすれ違う。それに引き換え、自分の醜態は。恐らく30分程度で駆け上がる力はあるはずなのだが、椅子があるたびに座り。若者どころか年長者にも抜かれながら。小一時間かかってしまった。やはり、足の具合が良くない。

84番
屋島寺
11:30着
12:00発

讃岐は弘法大師ゆかりの地とだけあって、伽藍の見応えがある寺が多い。ましてや屋島は源平の戦いゆかりの地。観光客もとても多い。勤行をし、納経をする。しかしながら、これだけの客足で、納経所はガラガラというのは違和感がある。やはり遍路客は少ないのか。きっと10年前はもっと混んでいただろうし、コロナ前だってそこそこ人出がいた筈だ。今日だって、コロナ渦の真っ最中から比べれば人出は多いのだろう。それだって、他の札所の閑散とした雰囲気と比べればの話だ。

屋島寺を後にし、八栗側へ降りる道を探す。これまた伽藍が大きく、昨日の根香寺の悪夢もあるから、無謀に予測で降り口に向かわず、慎重に降り口を探していると、清掃をしている方が声をかけてくれた。丁寧に、道の勾配や、降りるポイントを教えてもらう。先達諸氏、言っているが讃岐ステージは標識が少なく分かりにくい。平地歩きだし、高山に登るわけでも無し、遍路地図を最強なんて思っていると、とんでもない事になったりする。

屋島から八栗方面を見る。天候が悪い。向こうの山を上らないといけないのかな。

本来の予定であれば、ここは屋島寺と、八栗寺の間で切る事になっている。そして、遍路宿を取るなら、この間と、愛媛ステージに居る間から予測はしていたが、昨日が失敗をしながら踏破距離が長いと欲が出る。かといって観音寺の悪夢もある。果たして山を下りて13時。八栗寺に登るかどうかの決断の分界点で、13時30分。


結果は、琴電志度線全線走破の旅。

「明日、八栗から、長尾まで歩けばいいんです」

通常のお遍路さんにはあり得ない行為を行う。琴電志度まで行って戻る。

「不正乗車はしてません」


車内補充券、今やなかなか見なくなった。

ホラ、ちょっと切符の買い方を間違えたら、不思議な券をいただいたので、無効印を貰って来ました。これは車内補充券ですね。琴電の券売機は四国独特の食券タイプwwwな上更に、使いづらい。


名古屋の「ほうからやってきた志度線の車両」
志度線は、琴平線、長尾線系統とレールは繋がっておらず
全検などの重整備は仏生山まで陸送されているよう
瓦町駅の無茶な改装の経緯といい、琴電の破綻といい、時代の申し子

瓦町駅が地平の時代で想像が止まっている自分は、そごうが無くなって、天満屋の時代も知らない僕にとって、旧車博物館だった憧れでしかないのだが、(爆)。もう時代は4回ほど変わっているようで。規格が小さい志度線をどうするかが、瓦町駅改修の難題だったかと記憶しているが、車両も名古屋の地下鉄から来た車両のようである。


ほんとうに琴電の券売機は使いづらい
簡易改札で交通系電子マネーが使えるので
志度からの帰り分はタッチ!

今日は、瓦町に戻ってアパホテルに連泊。これは万一、今日の足が速かった場合に備えた予約だったが、結局1日早い結願はならず。ま、これで予定道理、これからの日程はだいぶ余裕がある、朝出て15時には戻る遍路スタイルになりそうだ。琴電を乗り潰してホテルに着いて、15時。チェックインで混雑している。ちなみに、土曜の高松は猛烈にホテル代が高いので要注意。なんで同様に遍路宿に泊まらずにと、不審に思う方も居るだろうが、「大人の事情」で安かったんです。


区切 琴電八栗 13:50


2022年7月8日金曜日

(2)琴電八栗駅〜85番八栗寺〜86番志度寺〜37番長尾寺〜琴電長尾駅

 2022年6月12日(金)(4日目)

区切 琴電八栗駅 6:15発

 琴電八栗駅には翌日6時15分に戻ってきた。これで当初の予定どうりとなる訳であるが、3日目と4日目の歩行距離が物足りなくなってしまう。しかし、これは野宿派でない限り、勇気ある撤退。


歴史を感じるボンネットスタイルの八栗ケーブル

 八栗のケーブルカーは歴史のあるケーブルカーで、懐かしいボンネット仕様。どうもかなり古い部類に分類されるようである。しかし、八十八箇所をめぐって、ロープウェイが有るお寺は多かったが、ここは、鉄道であるケーブルカーである。

 昨日のうちに、上まで登っておいて、ケーブルカーというのもオツだったかなとも思うし、初期の自分はそうしていただろうが、今回は鉄道車両への邪念を捨てて、ひたすら、参道を登る。3日も歩いて、だいぶ体調も良いのか、昨日の屋島寺より楽に、あっけなく、八栗寺に着いてしまった。もっとも昨日は12キロ下を歩いてからの登山であったが。


八栗寺で景色を撮っていたご夫婦がいたので、お手持ちのカメラで、お二人の写真を撮って差し上げたら、私のiPhoneでも撮っていただいた。昨日は雨模様だったが八栗から高松市街が見えて景色が良い。


85番八栗寺
8:00到着
8:30出発

どうも下山時に欲をかいてかえって長く険しいルートに道を間違う傾向にあるようだが。流石に八栗はストレートに下山。


下山する時にあった柵。
五色台もそうだったが、イノシシが出るので、遍路道経由で山から出る時はこの扉を開けて必ず戻す事。いちおうバネがついているが、ロックを忘れずに。

下山したところで、上から北海道氏が降りて来るではないか。今日は重装備。明日結願願するとの事で大窪寺から先はどこかで野宿するよう。いや、自分と同じように宿を拠点に鉄道を使える所は使って軽装なのかと思ったら、やはりそうだよね。昨今ご時世、野宿をしないと厳しいポイントも多々ある。で、自分も下調べしたのであるが、「お遍路サロン」の話が出た、ここで、休憩と遍路大使に任命してもらえるとの話をいただた。さて?でも何時から開いてるか。ここはお得意の電電攻撃。

電話してみたところ、営業時間は朝8時からとなっているけれども、7時半から空いている場合もあって、それは当日の担当次第との事。まぁ、おそらくボランティアっぽい感じもするので、朝8時の開館に合わせて準備しているので、その間に来ても対応できますよというご厚意なのかもしれない。

というやりとりで北海道氏とはここで別れ。

しかし、一度思いっきりブッチ切られて抜かれたはずなのに、何故重装備で後ろから現れたのか。どうも昨日は休足日で半日も歩かずに高松市内で地鶏料理を堪能していたよう。

そうだよね。もう若くないので足への負荷も考えて、全体をマネジメントしないといけないと痛感。

北海道氏と別れて下道をゆく、八栗新道、原、琴電志度と、琴電の車窓から見ても決して、近くはない道程。そして、6月だというのに、とても暑い。

房前と原の間で、志度線の有名な撮影地をかすめ、脇道に。平賀源内の旧宅を過ぎれば志度寺はすぐそこである。(源内さんは讃岐、しかも志度の人なんですね)


86番志度寺
11:00着
11:30発

志度寺を出る。しかし、今まで、寺での時間を15分〜20分に設定していたのだが、ここのところ30分かかっている。このあたり、どの程度勤行するかにもよるのだろうけど。年数を重ねるごとに、なるべく丁寧に行うようにしており、歩行距離を稼ぎたいという欲望との妥協点がこれくらいかもしれない。あとは、讃岐ステージは1日で回る寺の数が多いので、お寺でかかる時間がだいぶ影響してしまう。それでも19年前に発心した時は、観光バスがガンガン走っており、歩き遍路は優先してもらえる事が多いとは言っても、勤行も読経も時間がかかる場合がある場合が多かった頃から比べると、今回は納経所では待ち人が全く居ない事がほとんどである。

さて、志度寺を出ると、ちょっと町内で道を間違えてしまい遠回り(本当に讃岐は道をよく間違える)。おかげで亀の甲羅干しに出会えた。水路に野生の亀の大群は初めて見た。


志度の水路で見かけた亀の大群

志度からは、比較的楽な道程のはずだった。町中のファミマで、昼飯を調達して、県道3号を造田、長尾方面へ。しかし暑い。ここは平坦なはずなのに、ジリジリと照らす日差しで、速度が落ちる。そして、また、年配の方に抜かれた。

「おかしいなぁ、よほどの運動不足か」

やがて左手に有名な、オレンジタウンが現れる。JR四国の関連会社が開発したニュータウンであるが、入居率が問題となっている。ALSOKの警備事務所があり、高セキュリティの高級住宅地をうたっているが、駅にはエレベーターがあるふうでもなく、パーク&ライド駐車場に車がチラホラ。3島会社の中では2番目に厳しい(北海道は論外)会社であるが。逆に、コンパクトで良い経営をしているとは思っているのであるが。空き地が目立ち、スーパーはおろか、コンビニはさっきの志度の街まで出ないといけない、駅は、特急通過、エレベーター無しは厳しい感じがする。

さて、オレンジタウンを抜けるのが結構長い、高徳線が造田方面へ左へ大きく曲がった後で、3号は長尾方面へ。暑さにたまらず途中のミニストップで文字道理小休止。ここで4キロちょっとで、あと6キロ弱。自分の足の遅さにうんざりしてくる。

ノロノロしてもいられないので、腰を上げる。北海道氏はもう、今日の宿を探しているのだろうか。おそらくお遍路サロンの方の涼しい所で泊まる気がする。広瀬橋から川沿いに入り、裏道に。通りの多い県道沿いより裏道の方が歩きやすい。(しかしここに道間違いのトラップが多いのが讃岐)

まだ慣れぬ暑さにヘバりながら、長尾寺着

85番長尾寺
13:50着
14:20発

もうこの時間では結願の地に行くだけでせいいっぱいなのと足が限界。志度から歩き通せると思うが、今回は安全パイを取った。

琴電長尾から長尾線完乗の旅。琴電長尾線は志度線と比べると車格も大きい。そして使っている車両も、なつかしの京急のやたらと引き戸がデカい車両。あれを見てると扉に指を挟まれるのが怖い。

そうしているうちに、だいぶ、疲れたのか、ウトウトしていると、

「次は高松築港〜♪」

やってもうた。瓦町で降りる予定が。まあいいか。これで高松築港まで完乗。残るは琴平線にしておこう。


区切 琴電長尾駅 14:30

2022年7月1日金曜日

(1)琴電長尾駅〜88番大窪寺

2022年6月13日(月)(5日目)

区切 琴電長尾駅6:50発

 序章のとおり、順打ちを結願からたどるという特殊なブログ。後ろから読むと全体像が見える。ちなみに写真を撮りながら歩くと、凝ってしまい、時間を消費するという教訓を発心の徳島で得たため、ほとんど、文章ベースになってしまうが、基本は、へんろみち保存協力会編の四国遍路ひとり歩き同行二人をご覧いただきながらたどると参考になると思う。

 志度から、一気に大窪寺へ向かおうとして挫折した前日。何しろ「結願第一で無理をしない」というのが今回のポリシー。しかしここからは、琴電もJRもなく、あるのは、さぬき市のコミュニティバスのみ。10時と14時それと16時に大窪寺を出る便のみであるから、ここは歩き切らなければならない。

 昨日は一旦、長尾から高松市内に戻り、連泊していた瓦町のアパホテルから、瓦町発の琴電の始発に乗る。6時15分。地方では標準的なのだが、こう結願するとなると、少しでも早く、長尾に着いておきたかったとか、現地の宿にしておけばよかったとか、たらレバが続くが、仕方ない。

出発6時50分。長尾駅を出てしばらくは平地を歩く。ここで、お約束。歩きでの1時間あたりの歩行時間計測。通勤の自動車が飛び交う道を、無理なく、かつ早く歩き、県道3号がクランクに曲がり、休憩所を過ぎて大石のバス停まで。ここで7時50分。道を間違えて500メートルロスをしたが、この分だと休憩しながらでも、1時間あたり4kmという自分の標準は確保しているようである。 

ここで少々、往来のきつい県道から遍路道にそれると、おじさんに声をかけられた。

「お遍路さん早いね、昼にはじゅうぶんに着くから、お遍路サロンにでも寄って休んで行くと良いよ」

と声をかけられた。地元のお年寄りに言われる時間的距離はだいたい合っている。この区間15kmであって、残り11kmを考えれば、歩行速度が落ちなければ、3時間である。ただ、大窪寺までは県道ルートでも、標高400mから峠を320mまで下って、450mの大窪寺に至らなければならない。慢心が招いた、観音寺の悪夢がよみがえり、本当にこの足は大丈夫なのかと心配になる。

 そうこうしているうちに前山ダムが過ぎ、お遍路サロンに到着。事前のリサーチでも寄っていくと良いと言われたし、途中で会った北海道さんも寄っているはずだ。お遍路サロンに到着は8時15分。ほぼ8時の開館(実際は7時半から空いている事も多いようである)であるから。開館直後。1番客のようだ。ボランティアと思われるおばさんが、お茶とお菓子を出して、いただいゆっくり休む。ここで書くアンケートが皆が言う、遍路大使のデータになるので、慎重に記載する。事前にリサーチしておいてよかった。遍路大使への任命書が出るまで、館内を見たり、ゆっくりしていたら8時45分。休憩は30分だった。



前山ダムをすぎてすぐ、左岸、山に向かっては右側、お遍路サロンは朝8時から


遍路大使の任命書
第1050番、区分は、壮絶な区切りながら「徒歩」


 礼を言ってお遍路サロンを出る。おばさんに、どのルートがいちばん早いかと聞くと、県道も、花折の遍路道も実質時間は違わないから、少し戻って花折の遍路道を歩くと良いとの事。地図で、見るときつそうなのだが、全部舗装されており、ダンプが多く歩道がない県道をおっかなびっくり歩くより良いとの事だった。せっかくの遍路道なのだから女体山ルートが絶景でお勧めなのだが、今日は尻の時間が完全に決まっているので安全パイ。大窪寺で時間を取りたいので、なるべく早く着くルートを選ぶ。ちなみに、みなさん大窪寺まで何時間くらいで歩かれますかと聞くと

「3時間とちょっとの方が多いですよ」

との事だった。ブレーキがかからなければ良いが。

 お遍路サロンから少し戻り、花折の遍路道に入るとなるほど、細いながら、舗装されていて、車が来ない。先人の記事によれば、ダンプが来るとの話で、途中途中に待避場があったりするが、平日なのに稼働していないのか、結局ダンプはおろか車1台すれ違わなかった、マイナスイオンたっぷりの気持ちのいい道だ。CommanderCompassを見ると今さらながら、時速表示が出ている事に気づく。最初は高度が知りたくて、上昇率と降下率だけを気にしていたが、表示を見ていると、時速3km/hと4km/hの間をいったり来たりしている。これは恐らく休憩すると時速3km/hという事であろう。残り11キロで3時間という事はやはりユッタリあるいても間に合うだろう、時計を見ると標高300mまで登って9時15分。これは大丈夫だろう。ここの時点でやっと少し安堵の気持ちが走った。


花折の遍路みちはマイナスイオンたっぷり。女体山を経由するのでなければ、このコースがおすすめ。

 花折の遍路道を過ぎて県道と合流して9時15分。ここからは車通りの多い所を歩くが、危ないからと、横の遍路道に逸れると、未整備区間が多く、草にはばまれ大幅に速度が落ちる。なんだか香川県はこんな事が多い。遍路道の札が出ているのは有り難いが、排ガスが舞う県道を逸れて、遍路道に逃げたら草や虫にやられたりを繰り返しながら、10時30分には天体望遠鏡博物館がある分岐に到着。

 普段は産直の会場なのだろうが、今日はお休みのようである。トイレを借りて小休止。ここから先は国道377号となり、歩道もあり、整備されている。歩行速度を見ると4km/hと5km/hの間を行ったり来たりしている。

「おお、坂道でも標準速度が出ている」

足の具合が良ければ、ゆるやかなアップダウンであれば、標準速度が出るようである。

お食事処の竹屋敷で、11時13分。これは時間に間に合いそうだ、思わず、腹も減ったし飯を食いたくなったが、結願優先、結願優先。竹屋敷の先で川の反対側に出て、車通りの少ない平行道路をゆく。ここも舗装がされていて、歩きやすい。

 そして12時ちょうど。なんと都合の良い時間であろうか。結願の地。大窪寺に到着した。

88番大窪寺
12:00到着


 結願の地であるから、丁寧に読経し、ゆっくりと伽藍をまわり。納経をし、結願証書もどうしようかと思ったがせっかくなので、いただいた、2000円。大量の杖が納められたお堂を見ると自分も杖を納めたくなったが、金剛杖は、自分が彼岸に旅立つ時に棺に入れてもらいたいと思って歩いて来たので、この初回の歩いて回った金剛杖は家宝として、床の間に置いておこうと思っていたので、代わりに菅笠を奉納。これも回向料がかかったが、大窪寺には何か置いてきたいと思っていたので、アダプターだけ外して。菅笠を奉納した。

 


ガラスケースの中に、もの凄い数の杖が奉納されている金剛杖の供養塔。1本1本がこの地で結願した人の思いが詰まっているかと思うと感慨深くなる。


 ひととおり伽藍をまわって1時間ほど。門前の店の女将さんに誘われて、食事。ここは切り込みうどんをいただく。通り道にあった、竹屋敷さんの系列のようである。疲れた体に鍋焼きうどんのごとく、暖かいうどんが身にしみる。

 土産や、仏具を買い、14時のバスで里へ降りる。ここで、徒歩の旅は結願して終わりだ。乗客は3名。このバスは変則的で、JR造田駅を先回りして、コミュニテイバスを受託している大川バスの本社前(すなわち琴電の長尾駅)に至るようである。どうやら、琴電に対し、本数が少ないJRへの接続が関係しているようであるが、この辺、先人の記事とダイヤが違ったりするので、調べた方が良いようである。

 琴電は志度線、長尾線を全線完乗したので、久しぶりにJRで高松駅にゆき、マリンライナーに乗って、新幹線、特急しなの号のルートで帰途についた。四国の4空港を制覇しようと思っていたが、東予地区あたりから、瀬戸大橋経由の鉄道利用で帰るのが便利な地理になったようで、結局、高松空港とは縁が無かったようである。

 これからはどうしようか。やりのこした事は、自動車でも良いから、お世話になった人たちは元気か、高野山に寄りがてら、四国を一周しようかとも思っている。

結願 88番大窪寺12:00














2022年6月27日月曜日

ねじ巻き遍路日記〜結願した

 

僕は令和4年6月16日徒歩にて四国遍路を完歩した。



順打ちの記録でもなく、逆打ちの記録でもなく、そもそも、これを記録に残そうなんて思っていなかった。しかし、ブログのネタもだいぶ少なくなっている割には、見ていてくださる方も多くて、記録に残そうと思った。このブログは88番から、変則的に過去へと時間が遡っていくので、皆さんが書かれている話法と微妙に違って面白いかもしれない。

最初の発心は平成16年と、高野山の記録にある。高野山の納経だけは日付が記されるからだ。本来なら、結願してから高野山へ行くものであるのだが、平成16年に結縁灌頂の際に、高野山の仏具店で四国八十八箇所の納経帳を見つけて購入して、納経してもらったのがきっかけだった。

結縁灌頂はご存じの方なら分かるかと思うが、金剛界と胎蔵界の2回を受ける。この2回の間にどうやら四国に渡り、板野駅から1番霊山寺へ向かったようである。
覚えによれば、大した発心もなく1番から3番までスタンプラリー気分で、普段着で歩いて、これは完歩は大きいと自覚し、金剛杖、白衣、山野袋、を購入し、歩きでスタートしたのである。

当時、乗り鉄趣味全盛だった自分は、ただ単に、南海電車に乗ったり、四国のローカル線に途中駅で乗降できたり、バスや飛行機に乗るのが楽しみだったといういきさつもあって、結願に19年を要するという壮大な結果になった。

ルールは、一般的な区切り歩き遍路であるが、その回数と細かさが異常である。故種村直樹氏の日本一周外周バスの旅と同じように、主に区切りの点を、駅かバス停に定め、そこを区切りの地とする。今回いきなり4泊5日の日程となるが、そもそも1泊だったり、日帰りという、通常、地場の人でなければあり得ない、行程も多々含まれる。



そして、写真であるが、これを機会に過去のものを整理し、一体、いつ出かけたのか、特定して行こうと思うが、鉄道やダイヤが大幅に変わっている事もあって、正確なものではない。

ともあれ、この20年が何だったのか。大窪寺からは戻らず、ここで結願とし、てひとまず、2回目を始めるために、霊山寺には戻らない事にした。実は、19年、一つの区切りで大成した事。必要であれば、また始めたくなったら霊山寺に戻れば良い事である。結願の地が近くなると88番の後、どうします?という事をよく聞くようになる、一般的には1番の霊山寺に戻り、お礼参りをするのであるが、出会う先達に聞いて見ると、戻る必要は無いだとか、1番でお礼をするか、高野山へ詣でると良いという返事が多く。今回も、事前下調べで、1番には戻るつもりは無かったので、改めて高野山へ詣でようと思う。

何しろ、令和4年、西暦で2022年6月16日の正午頃。徒歩にて四国霊場八十八箇所を完歩した。これはまぎれの無い事実である。

2020年11月7日土曜日

只見線に柿ノ木を見た

 今年はドローンの飛行時間と練度の熟成に時間を費やしてしまい、なかなか通常のスチル写真を撮る時間がなかった。しかしながら、雪で真っ白になる新潟や、茶色の長野の季節がやって来る前に、ずっと思い続けていた写真が撮れた。


只見線 柿ノ木
α7III+MINOLTA 80-200 F2.8 HIGHSPEED APO

 新潟に仕事で行く機会は隔週であったのだが、只見線は本数が少なく、サボりがちになっていたのだが、一心発起で朝早く起きて、朝一の往復の列車を撮影。もはや去年撮り損ねた段階でキハ40系の時代が終わってしまったのだが、小出口はキハ110になったらなったでこれも、意外としっくりくるようである。
 柿ノ木はただでさえ少ない只見線のダイヤにおいて小出口のそこそこ当時は本数があった場所で1日に3本しか列車が止らない駅であったのだが。青春時代、なんとかここで降りてまた乗る事ができないかと模索したものだった。そんな柿ノ木駅も2015年に廃止となってしまった。最も地元の情報によると、大白川から小出方面へ通学する高校生もたったの3名だそうだ。
 来年には上下分離方式での全線復旧が叶うが、こんな先行細りの状況でよく残すものだと思うが、これからの季節、とんでもなく深くなる雪の季節、県境の峠は封鎖され、時間に正確にやってくる列車は希少な足なのである。

只見線 大白川-只見
α7III+MINOLTA 80-200 F2.8 HIGHSPEED APO

 時間軸は前後するが、柿ノ木で撮る前に、沿線をロケハンしていると、なんだか怪しい大宮ナンバーのミニクーパーが止まっている。向こうもこちらが長野ナンバーのヤリスなので気づかなかったようだがどう見ても奴である。

「Mちゃん?」

 やはりM氏だ。埼玉から只見線専門かのように頻繁に出没しているという仲間うち情報は聞いていたもののまさか、こんな山奥でバッタリ。しかし不思議なもので、実際に会うのは14年ぶりである。そうなると、話に夢中になっている所で下から列車が登ってきてしまい、痛恨のミスショット

「だから言ったじゃ無いですか」

とM氏は毒舌だった。しかしながら現像してみたら、割と悪くなかったようである。WXは小雨でなかなか色が出ない厳しい状況であったが、色温度を上手くすれば、さほど問題にならないようで、まさに紅葉全盛期に今年は只見線に行けたようである。最近はこういう人との出会いも沿線撮影の楽しみにしている。


 ちなみに早朝はこんなものの試運転が行われていたが、情報に疎いもので、線路側にテツが集まっていたので、慌ててカメラを取り出して、撮影。ENR-1000と呼ばれているロータリー除雪機であるが、これ1台でロータリーとラッセルを兼ねる事のできる優れものである。

 ほぼ止まっている速度だったので、なんとかなったが。この車両、大白川に常駐しているが、この図体で、車籍が無い作業機扱いなので、こんな明るい時間に現れるとは。どこで羽を開くか、段切りをするか、除雪の段取りを確認しながら走っているのか、ほぼ停止の状態を繰り返しながら、歩行速度より遅く下って行った。いよいよ、雪に閉ざされる季節の到来を予感させる一コマであった。