2016年2月28日日曜日

今年の初スキーと上越線撮影

今日は地元の無線仲間と奥利根スキーパークへ行くことになったのだが、早朝キッカリ着でもなさそうなので、渋川か吾妻線で、霜取列車が撮れるかと思って、少し早く出て、関越道のどこかで落ち合う事にした。


上越線 渋川-八木原
α77 + SONY 24-70F2.8T*


上州らしい場所として有名な榛名山をバックにした通称「シブヤギ」。渋川伊香保ICの真裏である。色々なアングルが取れるのだが、榛名山を入れて撮ってみた。まずは練習電の115系を数本。湘南色ばかりの高崎車であるが、新潟車ほどではないが、今後の去就が気になる。


上越線 渋川-八木原
α77 + SONY 24-70F2.8T*

そしてやってきました。お目当てのクモヤ145による吾妻線霜取列車の帰り便の試8522M。あひゃ?タイフォンカバーが開いてないかい?w

霜取列車とは、架線に付着した霜によって集電不良を起こさないように、あらかじめ、架線の霜を取る作業だが、閑散としたといっても夜間、2本パンタの貨物列車の機関車が通過する上越線などでは不要であるが、吾妻線や、両毛線といった、旅客列車しか走らず、夜間の通過列車がない区間においては、パンタグラフを2基搭載した車両で架線の霜を取る作業をする。最近は営業列車の一部をを2基パンタ搭載として、冬季の霜取が必要な日だけ2本パンタグラフを上げる事で、霜取とする線区が増え、専用の列車しかも荷電や牽引電車が入るのは、ここと大糸線くらいになってしまった。

ちなみにこの列車「試」のつく8000番台の列車番号であるが、架線に霜が付着するような日のみの運転となっている。概ね12月~2月は、雨とか気温が高くなければ、ほぼ毎日、運転されているようで、前橋とかの、麓の予報で最低気温が3度以下なら可能性が高いようである。



さて、実は撮影中、TC列警を聞いていたFT1DでAPRSビーコンを出していたので、移動中のローカル局からメッセージビーコンが届いていた(....というのは後で知ったのだが)。交信周波数が送られていたので、周波数セットして、追ってみる事にする。どうも先行してしまったようであるが、追うより合流は簡単。下牧パーキングで合流し。奥利根スノーパークへ。

奥利根スノーパークは小さいスキー場であるが、38パックなるものをあらかじめ買っておくと、3800円で850円分の食事がつくというかなりお得なスキー場。多くの車が、沼田で降りたり、そのまま関越トンネルを抜けている中、空いているかと思ったら、結構混んでいて正面駐車場には止められずに奥まった所になってしまった。

コンディションは最悪。雪が無い、雪が無いと聞いてはいたが、想像以上で、雪質はシャーベット、所々、土が露出するといった3月下旬の春スキーのような様相。場内のDJも「できうる限り営業するけど、来るときは確認してね。」と言っていたのでやはり、クローズ寸前のようである。雪が貯まるまで、初滑りを待っていたら、機会を失して、春スキーになるってのはあるのだが、まさかの2月下旬である。


さて、収穫もあった、2年ほど前、湯檜曽ループを俯瞰する場所を見つけるためにこのスキー場界隈を散々探して見つからずに諦めた覚えがあるのだが、滑っていたら、なんと目前に現れたではないか。思わず、車に戻ってカメラを取りに行ってしまった。リュックを持ってこなかったので、大型レンズは装着できないので、24-70を装着して、再度、リフトに。ロケハンをしながら、滑る~上るを繰り返して一体、何をしに来たのだかw

コース内に数か所良い場所があるが、流石にコースど真ん中はまずく、、、。機会を失してしまうと下まで落ちてしまうので、またリフトに乗ると、、別の意味で探すのが大変だった。



上越線 土合-湯檜曽
α77 + SONY 24-70F2.8T*


せっかく天気もいいのでお昼の便は谷川岳を入れて撮ってみた。ありゃ、、、豆粒だな。



上越線 土合-湯檜曽
α77 + SONY 24-70F2.8T*(×4トリミング)

夕刻もせまり、今年最後になりそうな滑りを終えたスキーヤーが集まってくるセンターハウスをバックに115系がループを下ってきた。あひゃ、列車に
ピンを合わせたらセンターハウスばボケた、、、どうせボケるなら、ここはセンターハウスに合わせるべきだったな、、、。新潟の115系は置き換えが急速に進んでいるので、ループ線を走る115系を見られるのは今シーズンが最後かもしれない。


さてと、考える事は同じようで、関越道は凄いトラフィック量。行きの段階で、かなり車が居たので危ないと思ったが、帰りは見事に渋滞して、水上から都内までほぼ断続的にガッツリ混んでいた。一旦水上ICから入ってしまった仲間より、大渋滞との連絡を受け、急遽、下道に。こういうとき無線仲間での運用は便利である。顛末はAPRSに記録が残っているがが、帰りルートを相談しながら、一旦乗ってしまったメンバーとも会合して、結局4時間ほどかかって何とか埼玉まで帰ってきた。

いやはや、今年はこれで最初で最後になってしまうのか。次回あるとしたら、望みは、標高の高い、かぐらみつまたかな、、、。





2016年2月24日水曜日

ステーションワゴンばかりに乗った半生

今回は私の乗った車の遍歴。20年で4台の車に乗っているが、現在4台目の2年目で40万キロに達する。つまり1台あたり10万キロで済んでない訳である、、、。




96年式カルディナワゴン
ST-191G

初めて乗った車はこれであった。当時まだバブルの余波の親のスネカジリ的に手に入れた車であるが。青春時代の一コマを作ってくれた1台である。学生時代の楽しい思い出は全てこれに凝縮してある。北は北海道まで旅をした。

車としては、トヨタのカリーナのST系コンポーネントを使用した車両で、事実、外見上も後部がワゴン状になっているだけの違いであった。4WDが爆発的に流行った時代だが191の形式の通り、駆動はFFでハイメカツインカムと言われた3S-FEエンジン。AT仕様。つまりトッツァン経済仕様である。4WDモデルは鈍重だとか、燃費が悪いとか散々だったようだがFFモデルはカリーナ、コロナとさほど変わらぬ乗り味で、可もなく不可もなく、90年代のトヨタのミドルクラスといった印象であった。

この車と次のST-215Wは1年で3万キロ程を走破していたので、寿命が短かった。


98年式カルディナワゴン
ST-215W

私の所有した車で唯一、中古でありまた5速MT仕様である。私の所に来たときはまだ3万キロに満たない状態だったが、最終的にはかなりの走行をした。

ベース車からトンでもない外観の変化を遂げている。車体系譜的には*T+奇数の、カリーナ、コロナのコンポーネントを使用しているものの、4WD系は201セリカとの共通部分が多かった。目玉は3S-GTエンジンであるが。アホみたいなエンジンで、ブーストアップするだけで直線だけはメチャ速かった。ワンオフの前置きインタークーラー化して、次は、Vプロ制御、タービン交換と、メニューを考えた所で手放してしまった。

凶悪な車であったが、実はこの車が歴代で一番、走行距離、範囲とも長く、北は北海道から西は四国まで乗り入れている。

レガシィを意識して中途半端なスポーツモデルに振って、どうも、ワゴンとしての使い勝手は先代の19系に劣る部分が多かった気がする。この代までが、ストラット式のサスペンションである。



2005年式カルディナワゴン
AZT-241W

ボロボロにしてしまった先代の反省から初心の191Gに戻るべく、NA、FF、ATの仕様とした。ダブルウィッシュボーン化され、ハンドリングが大幅に変わった印象であった。形式がAZTとなっているとおり、エンジンはガソリン直噴式となった。3回目の車検を目前に手放したが、これまたクセが少なかったのが長く乗った理由だろうか、、、。

あまり楽しくない時代を過ごした車であるが、、。それなりに走行距離は稼いだが、経年で稼いだ印象で、、旅行には行ったものの車庫で眠っている事が多かった。また、何故か何度も事故を起こした可哀そうな車でもあった。VM4を買う理由にもなったのだが、晩年は随分活躍したが、走行距離が12万キロを超え、前述の事故の連鎖を引きずっていたのもあって引退した。




2014年式レヴォーグ
VM4

お馴染みw現在のモービルである。ここへ来てやっとスバル車が登場する。AZT-241の用途の後継という事でNA、FF、ATという条件で選定したのであるが、結局4WDターボモデルであるが、ここに落ち着いた。ターボとはいっても2000ccのスポーツグレードのVMGと違って、1600ccエンジンを搭載するダウンサイジングターボ。トランスミッションはCVTである。

実際の所は、昔ならスポーツターボモデルが買えた値段で、普及グレードであり、予算オーバーでお財布的にはかなり厳しかったのだが、心配であった事故の連鎖は止まって一安心でもあった。

乗ってみたら、今までが何だったんだろうと言う印象。重心の低さから来る独特のハンドルの切れ味と、悪路の走破性。そしてワゴンとしての機能性。どれをとっても考えつくされた老舗の味といった感じである。

もう一つの注目はアイサイトに代表される電子装備。これは長距離ドライブに革命をおこした。高速においては、前車との感覚に気を遣う事なく定速と車間を維持し、レーンキープをアシストする。また、一般道における危険予測も非常に頭が良く、適切な場所で警告を出してくれる。もちろん危険が迫れば回避行動に出るわけだが、幸いにも作動するような事は現在の所おきていない。

気になるエンジンパワーであるが、スペック的には一世代前の2500cc並みの値と言われるがそのとおりで、アクセルを踏むとすぐに加給する感じではあるが、トルクフルな走りをする。気になる燃費は、街乗りで12Km/L、遠出で14Km/L、対面通行の高速道路の連続走行が一番燃費が良いようで、70km/h定速という好条件で、16km/Lといった所である。




私のステーションワゴンとしての楽しみは、大量の荷物を積みながらも、セダンタイプとさほど変わらぬ動力性能で現地まで高速で辿りつくという部分のようである。

実の所歴代、全部の車がそういう用途についており、凶悪な姿の二代目のST-215Gでさえ、爆音をたてながら、グランドツーリング用途で遠征をしている。

それは、鉄道撮影であったり、無線の移動運用であったりするのだが、共通するのはやはり荷物が多いという事である。冬場はマイナーなスキー場や撮影地への除雪はされているものの、狭く急な道へのアプローチ性能も要求される。そして、普段は日常的な移動の足として使うという。ステーションワゴンとは、そういった、実に多彩な用途に応える一つの姿であると私は思うのだが。もう、しばらくこのスタイルから抜け出せそうにないようだ。













2016年2月20日土曜日

実証・金沢日帰り旅行



鉄道では、北海道新幹線開業が話題であるが、行こう、行こうと思っていて、なかなか行けなかった金沢へ。前回は初詣と称して湯沢近辺のロケハンに付きあわわせてしまって、2ndとの冬の旅行を消化していなかったので。日帰りとしては限界の遠出してみる事に。

今回は「かがやき503号」で9:53に金沢入りして、17:36の「はくたか574」号で帰るというパターン。本来の帰りは18:07の「はくたか576」であったのだけど、1本くりあげたので実質滞在が6時間半。

正直な所、観光で回るとしたら十分な滞在時間なのではと。問題は、上越筋なので、利用が熊谷駅となるので、停車本数が限られるので、大宮経由となる東北筋と違って、行きだけ抑えて帰りは、適当な自由席で帰ってくるという芸当がやりにくい事。熊谷は北陸系統は止まらないので、あさまを使って、長野で「かがやき」か高崎で「はくたか」への乗り換えを要する事か。

今回は夕方にJF9PCE氏と西茶屋でアイボールできて、北陸鉄道の野町駅まで、地元の人しか知らないような、廃線跡とか、路地裏を案内していただきました。ありがとうございます。今回は怒涛のような勢いで時間を消化したので、またゆっくりでるといいですね、、、。

実質、金沢エリアの観光というと、能登にも足を延ばしてみたいとか、どうせなら、福井とか、富山もちょっと見たいとなると、宿泊を要するのはあまり変わらないのかも。東京ベースに考えると「かがやき」を使うと劇的に早くなった印象もあるけど、運賃も劇的に高くなった印象。それから、PCE氏もボヤいていましたが、日本海縦貫線の金沢~新潟の間が不便になってしまった。確かに、上越妙高で「しらゆき」に接続するのだけど、料金ばかり高くなって、時間の恩恵はほとんどないという事に。富山も富山で、西方面への接続は新幹線を挟んだ接続となって、利便性は低下といった感じ。

休日であるが、乗車率ベースでみてみると、「かがやき」は乗っているといった様子で、「はくたか」は長野での需要の段付きと入れ替えが顕著といった様子。旅行客は、年齢層はまんべんない感じで休日列車は観光客が目立った。しかし、12両編成を速達列車からローカル列車まで兼用する運用からか、鈍足系の列車は、乗車に人数に対して空席が目立つような印象であった。

さてさて、、、今回は、カメラを前回の会津行で相当数余らせてしまった、α7フィルム機に入っていた、リバーサルフィルムに収めてみた。以後、写真以外はα7フィルム機+PROVIA100の組み合わせ。レンズは学生時代使っていた28-105F4-5のミノルタ純正、通称「旅レンズ」。


金沢へは北陸新幹線かがやきであっという間。まだ上越あたりかと思ったら立山連邦が姿を現した。前日は素晴らしい晴れだったようだが今日は雨に煙ながら、それでも姿をみせてくれた。


金沢は雨。雨の煙る中、街をプラプラする。ここでJF9PCE君とアイボールして、金沢の街を案内してもらう。
ありゃ、、AFの具合が悪いのかなα7フィルム機で撮ったのだがほとんどがピンボケ。昨年使った分を見るとそうでもないので、何か設定が悪いのかもしれない。ほとんどポシャった参った。


21世紀美術館をジックリみて時間を過ごす。雨であいにく名物のプールの上には行けなかったが、このロボットが立ち上がった。通常はしゃがみこんでいるらしく、立ち上がるの姿に出会えたのにはあラッキー。ある程度の放射線量を検知すると立ち上がるようだ。


やはり終日雨。夕暮れが迫ってきたので駅に移動する。ありゃ、、、ピントが後ろでねぇべか。
こりゃ、カメラ点検しないといけないな。



PCE氏に案内してもらった北陸鉄道の貨物線の廃線跡の名残とちょっとした路地。天気はあいにくだが雨に濡れる金沢でどことない、雰囲気に触れられた気がする。







帰りの「はくたか」にはW1編成が充当された
500系がつけていたW1の称号はW7系に引き継がれた




2016年2月18日木曜日

さようなら115系

ここの所、本当についてない。撮影に行くと必ず雨。紅葉も雨、雪景色も2回雨、もう半ば諦めているが。

さて、村長殿が0、新潟に行っているとの話は聞いていたのだが、昼前に大沢に居た氏から、連絡があって、ロクヨンに牽かれた115系の4連が上って行ったとの事。

大宮入場スジにしては遅い時間だなと思ったら、調べたらどうやら廃車回送のようである。当該編成は4両組のL7。パンタグラフは外され、尾灯はLED標識灯のようだ。

昨年頻繁にあった、信号の関係で、配給による、115系の大宮入場は、あまりにも日常になってしまったので、撮ってなかったのだが、E129系がもう湯沢口まで進出しているようで、検査入場で上ってくる事はなくなるかもしれない。昨年1年、新潟に行く度にE129の勢力が強くなって来るのは驚くばかりで、これは115系の先も短い。今日は、天気もいい事だし、昼に時間ができたので線路際まで行ってみた。

この近辺の高崎線周辺は都市化と農地の放棄がはじまって、撮影地の崩壊が進んでいて、吹上-北鴻巣-鴻巣の間も年々状況が変わりつつある。下り列車狙いで言えば、東稲荷のS字が家が建ってしまってアウトに。上り狙いの消防学校のカーブと、下りの定番のフキギョウも今の所体裁を取っているが、耕作地からいちおう耕作名目の自己管理地へと変化しており、線路際の、いわゆる白杭地帯なので、いつまで手前がクリアかは先行きは不透明である。

さて、仕事を抜けて撮れる上りスポットというと、結構少ない。市街地の大都会カーブか、消防学校カーブ、中井踏切くらいであるが、、、。住宅が入らない田舎感が出る場所といえば、消防学校カーブくらいか、、、。

行ってみると、夏場は草が酷かったインカーブ側は、草の背丈も低くなって良くなっているのだが、やっぱり、昼過ぎは逆光。ロケット花火が邪魔で敬遠されるアウト側から見てみると意外といいかもしれない。ロケット花火は割り切ってアウトカーブから撮ってみた。。。

あぁ、、、ここの所酷い写真ばかりだったから、割とまともに撮れた。ロケット花火と、ケーブルの影が落ちた以外は、、、。

細かい部分を見なければ、一見、廃車回送と思えないくらい、綺麗な体裁だったが、しかし、寂しいものだ。

高崎線 吹上-北鴻巣
α77 + SONY 24-70F2.8T*







2016年2月14日日曜日

春一番、雨の会津路

今年「度」3回目の撮影遠征は会津へ。今回はJH1OAP氏と一緒に行ってきた。名前から分かるように無線繋がりである。何気にこのシリーズで行く仲間はJQ1ZNA局繋がりが多いのであるが、今回はおおっぴらにJQ1ZNAとして行くことに。ということはオプションで運用があるという事?な訳で。

さてさて、予定だけ決まっていて、天気は選べないというのが毎度であるが、今回は壮絶に酷かった。関東では春一番が吹いたようであるが、山岳部でも、のきなみ10度近い気温となっており、そこへ春一番ではなく、北西からの季節風が吹き付けてきて、本来雪が降るだろう、山岳部で時に、雷を伴うような土砂降りの雨。

これは、どこまで撮れるかどうか分からないが、出たところ勝負で行く事にした。

まずは磐越道を猪苗代磐梯高原ICで降りて川桁駅付近をウロウロしてみる。ここは昔、コマーシャルで良く通った場所で、磐梯山が背後に見えるなだらかな丘などだが。ほんの1分ほどスキー場の筋をともなった磐梯山がみえたりもするのだが、大方は霧の中といった感じであった。まずは普通列車を1枚。


フルーティアを郡山方に連結してやってきた719系電車
485系の定期運用がなくなり、電化区間はほぼ719系の独壇場に
磐越西線 川桁-関都 α77+SONY 24-70F2.8T*

何枚か撮った後喜多方へ移動。喜多方へ移動してみると今度は一変、雪が全く無い。途中の磐梯町の方が降るようで会津若松近辺は降らない事が多いのだが、それにしても降らなさすぎである。風っ子ストーブ号が磐越西線で運転されているので、これを抑える。ロケの関係から、喜多方から会津若松への回送編成を抑えた。

喜多方から会津若松へ回送で戻ってきた風っこストーブ編成
磐越西線 笈川-塩川 α77+ MINOLTA 80-200F2.8 HIGHSPEED APO

この辺でお昼となり、会津に来たときは定番の「すがい食堂」でお昼を食べる。バイパス工事で車の流れが変わったので、店舗が移転したのかどうなのか?場所が変わっている気がしたが、味はまさしくすがい食堂のものであった。チャーシュー麺を食べるとチャーシューで下の麺が見えない





喜多方から取って返して、また川桁付近。高温時に雪の上に雨が降ると湯気が上がって幻想的になるのだが、度がすぎると、濃霧となる。どうも磐梯町付近が霧が激しいようで、ダイヤに余裕のない列車がそこで徐行すると遅延するようである。また写真を撮ろうとしても、濃霧でどうにもならない状況に。磐梯町付近もロケハンしてみたが、さほど良い場所が見つからず。

川桁駅の磐梯町寄りの踏切で郡山へ向かう上り列車を1本取るも、撮影の5分前に奇跡的に磐梯山が顔を出すも列車が来る頃にまた、霧に煙るという運のなさ。すぐに、下り列車が来るというので、ここは一気に割り切って川桁駅のホームの郡山方から下り列車を狙ってみた。


朝のフルーティア連結編成が郡山から折り返して来たようだ(画面右側に入るかと思ったら、本屋側の手前に入ってきて慌てる。態勢を立て直すも、パン切れ)

磐越西線 川桁 α77+ MINOLTA 80-200F2.8 HIGHSPEED APO

季節外れの雨に遠目にもスキー場には人影が見えない。
雨打つ静寂の中短い編成がやって来た。
磐越西線 猪苗代-川桁 α77+ MINOLTA 80-200F2.8 HIGHSPEED APO


ここで2時間ほど、風っこストーブが来るま、で時間が開くので一旦、猪苗代湖の方へ退避して、アマチュア無線をやって、戻ろうと思ったのだが、ナニやら怪しい雲行き。そして雷まで鳴り出して凄い豪雨である。本来大雪になってスキー場を潤すはずの雪が雨となって降ってきたようで。いやいや、これはスキー客はたまらない。

どうしようもないので、私たちはモービルホイップ(コメットHR7)とIC-7100Mの50W出力で、どう取れるかイチかバチかやってみた。メンバーの2人だし、旅の本来の目的が、鉄道関係のネタで移動してきていたので、JQ1ZNA(埼玉フレートスポッターズ)の/7として、7MHzのCWとSSBで出てみた。

私の7MHzの名目の定番は湖沼アワード。今回は福島の02番猪苗代湖を耶麻郡猪苗代町JCG 07017/D でLAの02猪苗代湖として出てみた。



こちらの釣果は15時過ぎと、まだ7MHzが完全に開き切らないような状況下、苦戦を強いられたが、後半は徐々にコンディションアップ。30局も40局もって訳にいかず、10局程度であったが、まぁ、ちょっと立ち寄ってモビホで出てみようかというプチ運用としては面白かった。ほとんどがCWであったが、お声がけでフォーンでも繋がった。




、、、という訳で、さて、撮影で残っていた、風っこストーブの折り返し列車は、無線をやっている間に雨が止むどころか、雷を伴って豪雨になったので、諦めて帰途についた。

はてはて、珍しい面子での旅行となったが、テツにラーメンに無線にと充実した一日となった。これが、天気が良すぎると今度は無線をやる時間がなかったりするので、雨はあまりうれしくなかったが、欲張った内容をこなせたのでヨシとしたいと思う。




2016年2月11日木曜日

関東UHF コンテスト 25エレK1FO試験運用



試験運用が終わった25エレのK1FOであるが、初の実戦投入で、関東UHFコンテストに出てみた。ここで問題点をさらって、2列2段化のデータを収集しようと思った。

さて、運用してみての実感であるが、どういう訳か計測時は下のCW帯から434MHzあたりまでSWR1.0に近い値が出ていたのであるが、今回はどういう訳か432MHz台がSWR2.0と異常に高くなってしまった。しかしその前後、CW帯やSSB帯、FMでもメイン上の433MHz台はしっかりと1.0付近に落ちてくるといった不思議な現象。

やってしまったことに、面倒臭いので、リニアアンプも計測器も持ってこなかったので、SWR2.0ではリグが自動でパワーを絞っているかもしれない。そこがどうも確かめられず、432MHz台ではどうも飛ばない気がしてきて、一通り呼びまわったら、上の433MHz台に空きを見つけて運用してみた。

多分、左右でマッチングロッドの位置が相違しているあたりが怪しいと思っていたので、また単体ごとに計測してみて、おかしい所を洗い出すか。それとも3本目以降の製作に進んで、おかしいペアが発生するだろうから、そこから炙り出すと言うのも手かもしれない。

しかしながら、嫌な要素は発見してしまったが、リニアが無いので、出力を70%~80%の設定としておそらく25W位の運用(この手のアイコム機は出力がよく分からないのが難点)で終始した。プリアンプもリグの内臓以外、ついてないし。ある意味、アンテナの性能を見るには丁度よかったかもしれない。

遠距離においては、お声がけで、千葉県や館山市や、長生郡、それから、山梨は甲府市や中央市といった、平地と思われる局にお声がけいただいたので、自宅タワーに上がっている、25エレとほぼ同じよう動きをしている感触は得られた。ただホームの県央地区と違って羽生はだいぶ県の東北部にシフトするようで、ここから、神奈川、東京方面へのビームとしすると群馬の、太田とか伊勢崎あたりが異常に弱いのが気になった。

グラウンドウェーブではサイドのガッチリ切れている方向だし、反射も東京神奈川には落ちるが、群馬方面へのベクトルは少なかったようである。

動画の方に当日の運用の様子は乗せたが、試験的要素が強く、色々と実験をしながら行ったが、結果として150交信100マルチと、去年と類似の点数となったようである。